2011年(平成23年)3月15日 NGOレスキュー隊「中華民国捜救総隊」と共に現地入り、不明者の捜索にあたる。 |
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「海外人道支援の調整役を果たす」〜不明者の捜索活動へ〜
Earthは人道支援のため台湾から来日したN.G.O(非政府組織)レスキュー隊「中華民国捜救総隊」35名の受け入れ、
岩手県大船渡への輸送、被災現場管理のため、理事長が同行しコーディネートを行いました。
レスキュー隊の懸命な捜索により瓦礫の中よりご遺体を発見し、関係先に搬送しました。
この上は一刻も早くご家族の元に帰ることを祈願します。
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2011年(平成23年)3月21日、22日 大船渡の避難場所に発電機を届ける。気仙沼市内の被害状況を確認。 |
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3月21日 氷点下に下がる夜の寒さを何とかしてほしいとの申し入れを受け、大船渡(50名ほどの避難場所)に発電機を届けに出発しました。
大船渡に発電機を届け、無事に始動することを確認し、ほっとしました。
長い間ローソク生活を余儀なくされていた皆さんからも明かりが灯り気分が変わったとお言葉をいただきました。
3月22日 大船渡から沿岸部を南下し、気仙沼市内の被害状況の把握と、今後の支援場所・拠点の確保にあたりました。
これから腰をすえて長期支援を行う必要があると感じました。
現地では、できるだけ多くの人々と出会い、交流を深めながら絆を結び復興に向けて活動を展開します。
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発電機が届き避難所から出て来て見守る人々と、「チリ沖地震の犠牲者の碑」
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気仙沼の地震後に火災が発生し、焼け野原になってしまった市街地 |
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2011年(平成23年)3月31日 気仙沼市内の東陵高校武道館に物資の提供。鹿折唐桑駅周辺を捜索。 |
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3月31日
気仙沼市内東陵高校の避難所で、
NGO国際佛光会の方々によるうどんの提供に
笑顔がこぼれました。
水道の供給がないので、使い捨ての食器が
必要という要望がありました。
Earthは現地との調整役を行っています。 |
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2011年(平成23年)4月1日 石巻市でうどん提供。 |
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石巻市の20人ほどが避難している場所の近くで
「うどんの提供」をしました。
炊き出しをした場所は瓦礫の中で壊れたコンビニ
の前です。壊れた瓦礫が散在し、向こう岸の家の
屋根は傾いていました。
ご近所の方々も出て来てくれて長い列を作って
待っていてくれました。 |
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2011年(平成23年)4月13日 気仙沼市内の東陵高校の開校に伴い避難所を移るため、生活物資を提供。
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津波被害を受けた鹿折唐桑駅周辺を捜索する
Earth社員です。
津波によって打ち上げられた船が傾かないように
補強されていました。
家の片付けに来ていた人が、この瓦礫の中から
きれいな襦袢を見つけ、抱きしめて泣いていまし
た。
モノクロの世界にくっきりと浮かぶ襦袢のピンクが
切ない現場でした。 |
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東陵高校武道館に避難している100人が、学校の
開校に伴い、避難所を移ることになったため、
新しい毛布を贈りました。
避難生活では嗜好品は手に入りにくい事を考慮し
お菓子とゼリーをマスクと共に贈りました。
東陵高校では避難者の受け入れだけでなく、
保健室の毛布を提供したり、共に避難所を
支えてきた先生が、移動する被災者の方々に
「東陵高校避難所卒業証書」を手作りで作り、
手渡すと話してくれました。
一番大変な時を共に過ごした人々の
別れの時でした。 |
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2011年(平成23年)5月2日 本吉町避難所を支援。
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全国の皆様から集まった、心のこもった贈り物を直接被災者に!
宮城県気仙沼市本吉町避難所を支援しました。
震災により水道水が使用できなくなっていたため、水(ミネラルウォーター)1.5リットル×5000本提供しました。
夏物が必要という要望により夏掛け布団100枚を提供しました。
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大谷地区の仮設住宅です。
大谷中学校の校庭に建てられた186戸の仮設住宅に第一陣の入居が始まっていました。
様々な地区より入居するためコミュニケーションが出来上がるまでまだまだ問題山積みの状態です。
隣の公民館に避難している方や建設地の中学校に避難している方や建設地の中学校に通っている家庭も入居できない等
地元の方には心の曇ることばかりです。
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風光明媚な本吉町の松林が津波の被害で無残な姿に…。
(写真左)南三陸地区は津波が山肌をえぐり、海岸線を走る国道を寸断しました。3ヵ月たってまだ、捜索活動を始めたばかりで他の地区より遅れています。
水もまだ復旧していません。
この地区は地震ではほとんど被害がなく、車で高台へ避難された後、津波が来るまで30分、時間があったので自宅に荷物を取りに帰って被害に遭われています。地元の方が「空白の30分」が悔しいと語っていました。
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2011年(平成23年)6月7日 平成の森避難所宛に発送準備
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5月2日に立ち寄った本吉町の山の中腹に建てられたスポーツ施設「平成の森」の避難所宛に、全国の皆様から集まった「夏掛け」の発送準備をしました。
29箱300枚をお届けしました。
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2011年(平成23年)6月23日 気仙沼市寺谷地区仮設住宅支援 「フリーマーケット」を開催。はまなす団地仮設住宅へ物資を配送。 |
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6月7日 フリーマーケット開催に向けて荷物の輸送準備をしました。いよいよ出発です。
全国の皆様に頂いた支援物資の寝具と、Earthで用意した夏物衣料品600点などなどを積み込んでいます。
松島油脂様より石鹸を、動物病院よりワンちゃんのごはんを頂きました。
6月23日フリーマーケット当日です。この日は朝から雨で、仮設住宅前の広場での開催が出来ませんでした。
急きょ、現地の自治会長さんの計らいで小学校の体育館を貸していただきました。
悪天候で心配でしたが開催時間の前からたくさんの人が集まってくれました。
夏物衣料1000点、夏物寝具200点、タオル等生活用品300点、とうもろこし700本、トイレットペーパー200セット、その他多数の生活用品、たくさんの方々からの支援物資をお届けしました。
夏物はまだまだ必要で、充分生活できるような状態ではないのが現状です。
寺谷振興会からもたくさんの品物が出品され、皆さんに大変喜んでいただきました。
今後も寺谷振興会の会長ご夫婦と共に仮設住宅生活者の支援を続けていきたいと思います。
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はまなす団地仮設住宅15戸へも物資をお届けしました。
ここは大谷小学校の仮設住宅よりもかなり山の中にあり、坂道の途中に棚のように建っています。
子どもも高齢者も障がいを持っている方もいるのにとても不便な場所でした。
これまで支援の手も届かなかったので、皆さん大変喜んでくださいました。
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2011年(平成23年)7月17日 全国から集まった善意のお米と水、生活用品の配布。 |
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7月10日支援米の袋詰め作業です。
全国から熱い想いの支援米が2トン送られてきました。5kgの袋に小分けして、メッセージシールを貼って出動準備ができました。
皆さんの笑顔が見たくて頑張りました!
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7月17日 全国から集まった善意のお米と水、生活用品などの支援物資を仕分けて配布する作業を、仮設の皆さんと共に行いました。
暑い!暑い!気仙沼35℃
暑い中、大谷小学校庭仮設住宅186戸へ物資を届けました。
仮設住宅の方々が50名程、寺谷振興会の方々も10名程お手伝いしてくださいました。
皆さんから喜びのお礼と笑顔を頂きました。全国の支援者に感謝です!!
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