岩窪自治会行事

  このページはごんじぃの住んでいる、山梨県甲府市岩窪町の自治会行事を紹介します。
  以下の報告は、自治会内への行事の伝承ということを主眼として作成しています。
  ということで、ごんじぃが役員として行事の準備など進行をする傍らで、スナップを撮影し
  ているため、手順的に最初から最後まで撮影できた年のもので報告しています。
  よって直近の年の内容ではないものが多いと思いますが、主旨をご理解していただきお
  許し願いたいと思います。
  また、自治会以外の地域の方には、不明な点や不要な内容があると思いますが、まあ見
  てやってください。  
        

目   次
2009墓前祭 2009年4月 信玄公墓前祭
2009相川運動会 2009年4月 相川地区大運動会
2008年7月 八雲神社祭典
2009ポスター展 2010年8月 盆送り・盆踊り大会
2009防災 2009年8月 防災訓練
2009長寿 2009年10月 長寿を祝う会
2010年10月 岩窪運動会
2007文化祭 2011年11月 文化祭
2008互礼会 2011年12月 国際交流会館餅つき
2010ドンド 2012年1月 年新年互礼会
2012年1月 どんど焼き   


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2009年信玄公墓前祭

岩窪自治会恒例行事の一つで、年度初めの4月11日に行われるのが「信玄公墓前祭」。
信玄公とは言わずと知れた、甲斐の名将「武田信玄」のことである。
2009年は没後436回忌となる。
なお、2010年は雨となったため、信玄公ゆかりの寺で、奥方の三条夫人のお墓がある
円光院で執り行われ、2011年は東北大震災の後だったため、自粛という観点から飾り
付けなどを省略した中で執り行われた。
このため行事の伝承という観点からは信玄公墓所で従来の形で実施された2009年の、
墓前祭を紹介する。

左が全景、右がお墓


岩窪自治会には、武田信玄に関係するお墓が点在しており、この他にも正室三条夫人の墓(円
光院)や、信玄公の父である武田信虎の墓(大泉寺)もある。
ご命日が現在の暦で4月12日ということで、前夜の11日に墓前祭が行われる。
ご供養は三条婦人のお墓がある、円光院ご住職により執り行われる。

このお墓の云われなどは、来ていただければ書いてあるので、ここでは触れない。
あくまでも、自治会がどんなことをどんな手順で行うかという観点から書いていく。
その他の行事紹介もみんな、後世への行事の伝承という目で書いているのでお許し願いたい。
ということで、墓前祭の伝承を兼ねながら、スナップで紹介していこう。

●墓前祭直前の日曜日の準備

まずは、墓前祭の準備が11日直前の日
曜日に行われる。
自治会役員と各組長さんが集まり、円光
院に保管してある幟や柱、紅白の幕や提
灯と、それをセットする鉄製のパイプなど
を取りに行く。
特に幟の柱は10メートル以上あり、10
人以上の人足が必要となる。
これを運んでくるのがまず大仕事。
柱を運びこみ幟用の石柱の脇に置く。
これからの手順を間違えるとやり直すの
は大変なことになる。
@幟を吊り上げる紐を天辺に付いている
 滑車に通す。
A滑車のじゃまにならないよう杉の枝を
 結びつける。
B柱の根元の穴と石柱の下の穴に軸木
 を通し、楔を入れて抜けないようにセッ
 トする
Cいよいよ柱を立ち上げる。
 ただ、上の方には桜の枝が張り出して
 おり、一気に真っ直ぐ立ち上げなけれ
 ばならない。
D立上ったら柱のほぞ穴と、石柱のほ
 ぞ穴にほぞ木を通し、楔で止める。

斜め右下のように、幟を吊り上げる紐
がうまく動けば、最大の難関が終わる。

E幟旗の上部に心棒を通す。
F心棒の両端にあいているそれぞれ二
 つの穴に紐を通し、中心でバランスが
 取れるように吊り上げ部分を作る。
 この時紐の反対側を柱に結びつけて
 おかないと、滑車から抜け落ちることが
 あるので注意が必要。
 抜け落ちたら@に戻ることになるのだ。
G幟が落ちてこないように引っ張り上げ、
 紐を柱に結びつけて完成。
幟が立ち上がったら、次は提灯と紅白
の幕をセットするための鉄パイプを立て
ていく。
@まずパイプを取り付ける木杭を打ち
 込む。
Aその杭に鉄パイプを縛り付ける。
B提灯用の電球のついたコードをパイ
 プに取り付けていく。
 正面から東側と西側に分けて二本の
 コードを貼る。
 ・西側のルート
   電源コンセントA→正門上部→庭
   南西角→墓廻りの石の垣根の南西
   角→北西角→石垣の北東角
 ・東側のルート
   電源コンセントB→庭南東角→庭真
   東→墓廻りの石の垣根の南東角
   →石垣の北東角
Cソケットに電球を取り付ける。
 あまり細かく取り付けるとブレーカー容
 量をオーバーするので、電気屋さんの
 指示に従い、電球個数を調整する必要
 がある。
D電球を中に入れながら提灯を取り付け
 る。

以上が事前準備となるが、その時の状
況で
 ・大型ライトのセット
 ・机・シートなどの搬入
なども行う場合がある。

2009年は、ライトのセットは電気屋さん
にお任せし、その他は墓前祭当日に行うこ
とになった。

以上が第一段階の準備である。
手順紹介ではすんなりといっているように見えるが、すったもんだが案の定あった。・・・・

ある問答その1
 長老A 「おい、幟の柱を立てるにゃ、あの張り出した桜が邪魔になるぞ」 
 若輩1 「んじゃ切りますか」
 長老A 「桜切るバカ、梅切らぬバカと云う。切れん」
 長老B 「桜ちぅもんは、切るとその枝は根元から枯れるもんだけど、この桜は何回切っても平
      気なのだ」
 長老A 「それじゃあ切れ」
 若輩1 「・・・・・・」
 長老A 「どうした、早く登って切れ」
 若輩1 「実は木登りの経験が無いので、怖くて登れないです」
 長老A 「今の若いもんは・・・・・」
 若輩1 「それじゃあ長老お願いできますか」
 長老A 「いや、ワシは女房に桜の木だけは登るなと・・・・・」

ある問答その2
 長老C 「廻りのつつじがボサボサしているから、頭を揃えて剪定すべし」
 若輩2 「花のつぼみがいっぱい付いているんで、切らないほうがいいと思います」
 長老C 「そうか、それじゃあ、墓前祭が終わってからいつか切ることにしよう」
 若輩2 「確か去年も同じことをおっしゃったような気がします」
 長老C 「む、そうだったか・・・・。よし今年は号令をかけるぞ」
 若輩2心の声  「多分今年も忘れるだろうなぁ・・・・」

ある問答その3
 長老D    「提灯はいっぱい付けて、明るく賑やかにすべし」
 若輩3    「判りました。適当に間隔を狭めてソケットをつけましょう」
 電気屋さん 「おい、大元のブレーカーが何アンペアか判ってやってるのか」
 若輩3    「いいえ、何か問題がありますか」
 電気屋さん 「今の省エネ電球じゃないから、そんなに付けたらブレーカーがすぐとんでしま
         うのだ」
 若輩3    「でも、ご長老が賑やかにしろと」
 長老D    「いやいや君ぃ物事は、物事はやり過ぎてはいかんのだよ・・・・・」

まあ、そんなこんなで事前準備の第一段階は終了する。
2009年は4月5日に準備が行われたが、桜がちょうど満開であった。

●墓前祭当日の準備

第二段階は墓前祭当日に行う。
雨が降るような場合は、円光院の本堂で行われることになる。
2009年の当日は初夏のような暑さの中、まだ桜が残る中で最終準備が行われた。

当日はお昼過ぎに手の空いている役員が
中心となって準備をする。
2009年はたまたま土曜日だったが、平
日の場合が多く、そんな時はお年寄りば
かりとなることもある。

@まず入口の左右に紅白の幕を張る。
 庭の東側も半分くらいまで張る。
A入口を避けた庭の南側と東側にシート
 を敷き、テーブルや座布団を自治会館
 より運んできて、宴会が出来るようにセ
 ットする。
Bアンプとスピーカーを設置し、音響の
 準備も行う。
C一旦場所を替え、円光院の御札と武田
 神社の御札をそれぞれ各組の戸数に
 分ける。
D一方、墓前では円光院様により供物や、
 蝋燭・線香、供養のための諸道具など
 がセッティングされる。
B女性部と文化部は宴会用の食べ物や
 飲み物などの準備を行う
 
これで準備は全て終了し、右下のように
墓前祭の看板が置かれ開始を待つことに
なる。

以上で事前準備が終わる。
簡単に紹介しているが、結構な時間とマンパワーが必要である。

武田信玄公に関わるお祭りはいろいろあるが、一番知られているのは「信玄公祭り」である。
特に川中島の合戦に出陣する模様を模擬した「甲州軍団出陣」は、山梨県内の企業などが武田
24将の各軍団を組織し、当時の甲冑や武器などで仮装して、甲府駅前から隊列を組んで出陣
するというものである。
武田信玄には、有名な俳優などが扮し、颯爽と白馬に跨って軍配を振る。
2009年は柔道家の山下さんが扮した。
この他、信玄公の命日には「武田神社の例大祭」が行われ、併せてこちらは軍団ではないが、
「武田24将騎馬行列」が甲府市内一円をパレードする。
こんな中、岩窪自治会でこじんまりと行われる「信玄公墓前祭」はほとんど知られていないものな
のである。

2009年の墓前祭は、信玄公ご命日前日の4月11日に予定通り行われたが、たまたま土曜日と
なったため、この「信玄公祭り」と鉢合わせしてしまった。
また、翌12日は「武田神社例大祭」である。
この例大祭は、岩窪自治会が所属する上位組織の相川地区が協力しており、当然岩窪自治会
も協力を余技なくされる。
数名の役員やパレードに加わる踊り手、そして兵士に仮装する人、裏方の女性達と、かなりの数
の自治会員が協力するのである。
ということで、一部の人達はかなりあわただしい二日間のボランティア活動となる。

「信玄公祭り」と鉢合わせしたせいか、墓前祭当日の準備をしていると、結構観光客がお墓を
訪れてくれた。
これは例年に無いことであり、汗をかきかき行っていた準備に大きな満足感を与えられた。

●墓前祭

さて後は一気呵成に墓前祭のスナップを紹介する。

まずは円光院ご住職を始め、ご供養を行
うお坊様達が墓前で読経を行う。
お灯明より線香に火を点け、集まった方々
に配られる。
一人一人、墓前でお参りし、その後献杯
が行われる。
右斜め下のスナップは、見にくいが、
2007年のNHK大河ドラマ「風林火山」で
武田信玄を演じた、市川亀治郎さんが献じ
た卒塔婆である。

一通りお参りが終わると、墓前での御詠
歌、踊り、太鼓が献上される。
御詠歌と踊りのために、銀色のシートを
手際よく準備する。
踊りは「三条婦人」と「武田節」が舞われ
る。
各組別に用意した円光院と武田神社の御
札が各組長さんに配られる。
一通りセレモニーが終わると自治会長の
挨拶をいただく。
今年は武田家16代目に当る方も参加さ
れ挨拶された。
後は恒例の大宴会となる。
参加自由であり、毎年これが楽しみでお
参りにこられるお年寄りもいる。
最後は万歳三唱して終わりとなる。

以上が墓前祭の準備から終了までの簡単な報告である。
実際には墓前祭直後の日曜日に、もう一度集合して幟や提灯などの片付け作業が行われる。
実質的には三日間のボランティア活動となり、この墓前祭を仕切る文化部や自治会事務局の役
員はそれ以上の手間暇をかけることになる。
この行事は新年度早々に行われるので、新しく組長さんになられた方はかなりな戸惑いを覚える
かもしれない。

山梨県民ならば、そらで歌える名曲「武田節」。このの中に「つつじヶ崎」という地名が出てくるが、
このつつじヶ崎と、それを背にした信玄公のお墓は岩窪自治会の中に存在しており、今後も末永
く続けていかれるであろう行事なのである。

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2009年相川地区運動会

毎年GW恒例行事である岩窪自治会が所属する相川地区の大運動会の記録です。

相川地区は甲府市の北東部(厳密ではないけど)の15自治会を束ねる地区組織であり、その
中で世帯数の最も多いのが、ごんじぃが住んでいる岩窪自治会なのである。
現在は、岩窪自治会会長がこの相川地区の連合会会長も兼務している。

さて相川地区の運動会は毎年ゴールデンウィークの初めに開催されるもので、各自治会の対
抗戦がベースとなり、幼児からお年寄りまでが参加できる競技を織り交ぜながら行われる。
岩窪自治会は昨年優勝して三連覇を達成し、今年は四連覇のかかった運動会となった。

この運動会は新年度になって二度目の自治会行事(ちなみに最初は信玄公墓前祭がある)で
あり、新しい組長は、自治会行事の運営と、自分の組の総括という二つの仕事をこなす、組長
活動としてはかなりきついイベントとなるのである。

まずは朝7時30分に自治会館へ集合して、自治会用のテントやら、机・イスやら、シートなどの
積み込みと、現場へ移動してのテント設営までを1時間以内に片付ける。
これが終わると今度は自分の組の場所の確保や、組内の食べ物・飲み物の準備をしなければ
ならない。
これを8時30分の開会式までに済ませるというハードな朝となる。

競技が始まってものんびりなどしていられない。
組の人達が三々五々やってくるので、確保した組の場所への誘導や、お茶なんかの接待。
事前に決まってはいるものの、競技にエントリーしている組内の選手を時間前に集めたり、自治
会役員から頼まれる用事をしたり、お昼になれば自治会で用意した弁当を配布したり・・・
運動会が終了したら、組の物の片付けもそこそこに、自治会のテントの解体・撤去と元の場所へ
の片付けをして、それから反省会に出席し、疲れた体にアルコールを流し込む。
大事なGWの一日を全て費やす大変な一日となるのである。

おまけに今年は四連覇がかかっているということで、相川地区連合会長でもある自治会長は、
「今年も是非、我が岩窪が優勝を」と昨年以上に燃えており、またもや絶対優勝という重い足か
せが役員一同(当然組長にも)にかけられたのだった。
特に・・・・特にだ、もう十年以上続いていると思うが、なんとしても勝てない綱引きに「今年こそは
勝て」と厳命がついた。
そう一昨年は一回戦、昨年は二回戦で敗退し、総合優勝はしたものの実に屈辱的な気持ちを味
わっている競技なのである。

まあ、前置きはこのくらいにして、まずプログラムを紹介しながら、運動会の一日を報告しよう。

種目 参加者
午前の部 ラジオ体操 全員
甲州軍団出陣 中学生以上自由参加
大空に飛べ1・2・3 小学生自由参加
障害物競走 各自治会選手
ゲートボール 各自治会選手
綱引き予選 各自治会選手
ナイスキャッチ 小学生自由参加
魔女の宅急便 中学生以上自由参加
リレー予選 各自治会選手
マラソン 中学生以上自由参加
昼食
午後の部 太極拳演舞 太極拳専門部
民謡演舞 女性部他
宝ひろい 5歳児以下幼児
玉いれ 65歳以上自由参加
滝の白糸 各自治会選手
カニさんカニさんどこいくの 小学生選手
グランドゴルフ 各自治会選手
信号を守ろう 中学生以上自由参加
綱引き決勝 各自治会選手
リレー決勝 各自治会選手
この中で★印がついた競技が各自治会対抗の該当競技となる。
この中で岩窪の強い競技は、「滝の白糸」と「リレー」であり、
なんとしても勝てないのが「綱引き」なのである。


では、以下にスナップを交えながら一日振り返ってみることにする。

まずは、自治会館前に集合し、自
治会長の「何がなんでも絶対優
勝」の訓示と、体育部長から「あ
れやれ、これやれ」の指示の伝
達。
そして、テントや机・イスをトラック
に積み込む。
 
今年の会場は相川小学校のグラウンドに戻った。
まずはテントの組み上げ。役員が手本を示しながら、新任組長にテント
の作り方を指導する。
これから一年間で何回このテントを設営することだろう・・・
テントの中にブルーシートとゴザを敷いて、机や座布団を並べる。
テントの外には背の高い机とイスを置く。
この設営が終わると、組長達はとんぼ返りして、自分の組の用意をしな
ければならない。
8時30分には開会式が始まるのである。

15自治会が勢ぞろいして、開会式。
なんといっても来賓者の話が長い。
これだけはどうかと思うが。

昨年優勝の我が岩窪チームから、
優勝旗変換と、選手宣誓が行われ
た。
そして、ラジオ体操を全員で行い、
いよいよ競技開始となる。
  ←優勝旗変換 選手宣誓→
二種目ばかり、自由参加種目が行
われ、対抗競技の「障害物競走」
になる。
自治会数が多いため、リレー・綱
引きを除き、前半組と後半組の2
パートでそれぞれの対抗戦とな
る。
まずまずの走りを見せて、前半組
で見事1位。
「立ち上がりとしてはまあこんなも
んか」と自治会長・・・  
この相川地区大運動会は50年以上続いている行事だそうだ。
中には子供の頃参加したお年寄りなどもいるようで、対抗戦の競技には
なかなかのうんちくや思い入れがあるようだ。
障害物競争を見ていたお年寄りが「網の端は地面に押さえつけられて
いるから、潜りにくいのだ。網の真ん中を潜らなきゃ」とのたまう。
既にビールが利いてきたのか・・・いや既に利きすぎている輩もいた・・  
引き続き対抗戦競技の「ゲートボー
ル」が行われた。
この競技も岩窪は強いのだが、今
年は前半組の2位で終わった。

そして、問題の綱引き・・・・・
結果一回戦敗退・・・・・・・・
いつになったら勝てるのやら。

いやいや選手達は頑張りました。

2種目ばかり自由参加競技が行われ、午前の部最後の対抗戦となる、「リレー予選」が始まった。
この競技はバトンタッチがポイントとなる。
小学生達は多少バトンタッチにもたついたところもあったが、大人が走る前にトップに躍り出た。
後はこの位置をキープして、成人女性・成人男性とバトンが渡り、余裕の予選トップ通過。
まずは岩窪のリレーの強さを見せつけるものとなった。

昼飯前のマラソン大会では、リレーで大活躍を見せた疲れも見せず、岩窪自治会の選手が優勝する。
そして、お昼となる。
午後の部の競技の前に恒例となっている、「太極拳演舞」「民謡演舞」が行われて、幼児達による「宝さがし」
となった。
そして年寄りでも出来る、バケツを使った「玉入れ」と、かなり強い陽射しの中、競技はどんどん進んでいく。
当然「暑い暑い」と言いながら朝から飲み続けている人もいる。
そして昼寝をする人も・・・・・

所帯の大きい岩窪のため、二張り
のテントだけでは収まらない。
強い陽射しを浴びながら炎天下で
のお昼をとる人もいる。
いよいよ、これも岩窪が強い「滝の
白糸」のスタート。
開始後3人目にして早くもリードし
たと見たのはひいき目かもしれな
いが、そのままの勢いで前半組で
見事一位。
 
小学生の自由参加競技の後、「グ
ランドゴルフ」となる。
岩窪の選手は全国大会へ出場した
人もいて、結構強いのであるが、な
ぜかこの運動会では、ずっこけるこ
とが過去多かったのである。
今年はホールインワンはなかった
ものの、全てバーディーかパーで
乗り切りなんとか2位をキープした。  
このスナップでは判りにくいかもしれないが、あと2種目を残した時点の
得点表である。
岩窪は一番下の欄。綱引きが予選落ちしたが、滝の白糸終了時点で47
点を獲得し、リレーは決勝に残っている。
綱引きとリレーの両方に決勝進出しているのは塚原と西田自治会だけ。
塚原はここまで20点、西田北東は18点であり、この両種目に1位をとる
と31点と大きな加算となる。
しかし、綱引きで4点を取っていて、リレーには残っているため、この2チー
ムは押さえた。残るはやはりリレーのみ決勝に残っている日陰の39点で
あるが、ほぼこの時点で優勝が見えたといってもよい。
いつもなら綱引きの行方が気になるところだが、今年は余裕の構え。
綱引きの勝敗などそっちのけで、リレー決勝戦に向かって意気込む人ばかりである。
まあ、いつもながら「バトンは絶対落とすな。転ばない程度に全力で走れ」という判ったような判らないような檄
が飛ぶ中、選手達が入場門に移動していった。


いよいよ最後の競技。「リレー決勝」。
轟音一発、まず低学年男子がスタートする。岩窪は予選同様、子供達が頑張った。
成人男子になっての頑張りも凄く、アンカーは結構余裕もってのゴールとなり、見事一位となった。

以上の結果、昨年に引き続き、岩
窪だけ60点の大台にのせ、ぶっち
ぎりの総合優勝。
無事、自治会長厳命の4連覇を果
たしたのである。
優勝旗と賞状は昨年同様「イワク
ボチャチャチャ応援娘」が受け取っ
た。
閉会式の締めとして、優勝自治会
の体育部長が万歳三唱をし、運動
会の幕が閉じた。
最後に表彰状と優勝旗を囲んで参
加された自治会の皆さんと記念撮
影をする。
組長さん達は最後の一踏ん張り。
机やイス、シートを片付け、テントを
解体して自治会館の所定の位置に
戻す仕事があった。
しかし、これで終わらないのが岩窪自治会。
女性部や子供クラブ役員達が先行して、自治会館二階では反省会の準備が整えられていた。
一日の疲れをものともせず、大人達はビールに酒と喉を潤し、子供達は食べ物に食らい付く。

綱引きの反省やら、来年に向けての勝つ方法やら、話が飛び交いながらの楽しい宴席となった。
中締めをして後片付けをして、朝から約12時間に及ぶ大イベントの幕が閉じた。

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2008年八雲神社祭典

今年も八雲さんのお祭りが7月12・13日の二日間にわたって執り行われた。
八雲さんは地域の守り神であり、岩窪に二ヶ所ある道祖神さんより上位に位置する。
この当りの歴史は、ごんじぃもよく知らないのでここでは割愛させてもらう。
まぁ次のような情報は得ている。
 一つ 八雲さんの社は二ヶ所あり、その一つは岩窪から甲府の方へ下がった自治会にある。
     本家はここ岩窪の八雲さんだが、現在は下の社の方がお祭りも盛大に行われている
     ようであり、本家の方がさびれている現状。
 一つ 八雲さんには紋がある。(どこにも書かれたり飾られたりしていないが)
     その紋はキュウリを横に切った、切り口からきているという。
     だから、お祭りの時にキュウリを捧げるのだそうだ。

八雲さんの大きな行事は二つある。
一つはこのページの別項目で紹介している「新年互例会」で、1月1日に行われる。
もう一つが、これから紹介する夏の祭典(以降はお祭りと言う)である。
このお祭りは大きく二部に分かれる。
 第一部・・・・初日の神社境内での宵祭り
 第二部・・・・翌日の子供神輿
ということで、お祭りに関する今後の伝承を兼ねながら、スナップで紹介していこう。

●お祭りの準備

お判りいただけるだろうか、木と建物(社)
の間に格子の屋根が。

ここは社の真裏になるが、山車と幟の柱を
保管する仮小屋になっている。

まずは幟を建てる三本の柱を引き出す。
柱は建てる場所まで運び、固定する番線
(針金)や、シノ、カッターなどを用意する。

幟は藤川沿いに三本建てられる。
紅白の幟(吹流し)は八雲さんの真横に建
てる。
そして上流・下流に一本づつ、「八雲神
社」と書かれた幟を建てる。
右の写真は幟を取り付ける横竿を付けて
いるところだけど、間違ったやり方をして
いる。
そう、幟を付けてから横竿を差し込まな
ければいないのだ。
左の写真が正解。手順を書いておこう。

・柱の天辺に竹の筒を指す。
・幟の縦側のマチに柱を通す。
・横側のマチに横竿を通しながら、竹に空
 けてある穴に差し込む。
・竹の天辺に杉の枝を差し込む。
・横竿が抜けないよう、縄で固定する。

これで柱の上部の細工が、右のように出
来上がる。 
昔は、柱を建てるために、杭を打ってという
作業が必要だったのだろうが、現在はコン
クリートの川とアスファルトの道路なので、
ガードレールの柱を利用することになる。
数人が「セーノ」の掛け声で一気に柱を立
ち上げる。
番線で2ヶ所固定し、なお、安全を考慮し
て、ラチェット式の締め付けワイヤーで締
める。
下の三枚がそれぞれ立ち上がった幟。堂々たるもの。
左が西藤川上流の幟、真ん中が八雲さん横の吹流し、右が西藤川下流、岩窪自治会館
前の幟となる。
この上下の幟の間に注連縄が張られ、注連飾りがつけられる。

幟の柱が建つと、次は注連縄となる。
昔は道路の両側と、自治会館を南に下る道路にも注連縄が張られたが、現在は人手不足なのか
行われなくなった。
子供神輿は自治会内を隈なく巡るけれども、注連縄はほんの一部というのは、淋しい限り・・・
そういえば、この祭りの準備に集まった氏子総代の方々はお年寄りばかりだった。
お祭りと言えば年寄が監督し、采配を振るい、若い衆が手駒となって動くのが普通だと思うが・・・・

南北の幟の間に5m間隔くらいで、竹を立
てるのだが、段々と採れる竹が少なくなっ
てきたため、昨年から本当に八雲さんの周
辺だけに笹のついた青竹を使い、それ以外
は古い竹を立てるようになった。
岩窪も市街地化が進んでいるということか。
ガードレールの柱を利用して、注連縄を張
る竹を立てていく。
この竹に注連縄用の細い縄を、渡していく。
そうしたら、竹と竹の間に注連飾りを3枚く
らいづつ付けていく。
この縄の値段が随分と高価になったと、総
代の一人が嘆いていた。

左の足のついた箱みたいなものは、雪洞の
代わり。
全て手作りのものであるが、この中にろう
そくを立て、宵祭りには灯かりを燈す。
八雲さんの周辺に20本くらい立てる。
本来なら、箱に貼った紙は洗い落として新
しくし、文字や絵を描き込むのだが、今年
は手抜きということで、昨年のものをその
まま使用した。
ここでも人手不足ということか。

社の中には子供神輿が二つ置いてある。
社の裏の仮小屋から、幼児が曳いて歩く
山車を引っ張りだす。
この山車のリヤカーはごんじぃのオヤジ
が寄付したものらしい。
一年間、雨ざらしではないが、外に置かれ
ていたため埃だらけ。
ビニール製の花飾りは大きな盥で洗うこと
になった。
柱や桟は紅白のさらしで巻きあげるが、こ
れも手抜きで、洗剤をかけながら、たわし
でこすって埃を落とすに終わった。
よく見れば、菰樽もかなり痛みが激しい。
菰樽を取り付けてある紅白の縄も、色あせ
ているが、菰の藁のため洗うことができな
い。
そういえば去年のお祭りでは、子供神輿の
紅白の縄を、ごんじぃが新しく撚って作り直
した覚えがある。
来年はこの山車の縄を作り替えることにな
るかもしれない。

洗剤を使ったため、結構綺麗になった。
そこで、山車に新しい注連縄を付け、鈴も付け直し、一部取れかけていた紅白のさらしも
巻き直したりと、手を抜きつつも、やるべきことはキチンと仕上げるところが立派。

社の中には、子供神輿が二つあると書いたが、一つは本造りの神輿。
ではもう一つはというと、ウレタンを切って、色を塗って、本物そっくりに仕上げた神輿なのだ。
ごんじぃは、自治会内の何方かが作成したとしか聴いていないが、なかなかの作品であり、重量
が軽いため、低学年用の神輿に使っている。
山車の手入れが終わると、次は社と境内の準備になる。

物知らずのため、写真のような社の正面を
飾る幕をなんと呼ぶのか判らない。
そして、その中心につける飾りの名前も知ら
ない。
この飾りを取り付けているのが、八雲さんの
氏子総代会長であらせられる。
会長にこんなことを普通はさせないのでは
ないかと思うが・・・
社の廻りを紅白の幕で覆い、小さな境内の
東南も紅白の垂れ幕を貼る。
境内入口には、灯篭を立て、提灯を下げた
り、投光器をつけたりと、これらは電球を使
うため、今年は電気屋さんが、配線方法をき
ちんと作り直してくれた。
抽選会用の結果を書きとめる看板も立ち上
がった。
社の中では抽選会の賞品の、熨斗作りが
行なわれる
その抽選クジを入れる箱も汚れが目立つと
いうことで、新しいさらしを貼り直した。

後は机やイスを自治会館から運んできて
配置する。
そんなこんなで、下の写真のように、社と
境内の準備が粗方整った。

ここまでの準備を午前中に終えた。
若い手が少なく、年寄りにとっては大変な仕事になるが、気力・体力とも十分な方々ばかり。
ごんじぃと総代会長は、この後、軽トラックに拡声器を付けて、お祭りのお囃子と、宵祭りの開始
時間が入ったテープをかけながら、自治会中を走りまわった。
この拡声器も、これまでのものが壊れて、急遽お囃子を担当してくれる人に頼んで、他の自治会
のものを借りてもらったのである。

午後は4時に集合し、残りの準備をしながら、そのまま宵祭りへ突入することになる。

子供クラブの屋台と、山梨大学芙蓉寮の
学生達の夜店の準備が始まる
子供クラブが今年用意したのは、カキ氷、
フランクフルト、味噌おでん。
学生達の夜店は風船ヨーヨー、金魚すく
い、輪投げの三つ。

子供クラブではカキ氷の機会をリースし
た。
ホットプレートやガスコンロは役員の供出
によるもの。
このホットプレートのため、2kWのエンジ
ン発電機も供出された。

昨年の宵祭りはあいにくの雨となり、場所
も自治会館広場にテントを張ってというこ
とになった。
この時は綿菓子を作るということでその機
械をリースしたのであるが、自治会館のブ
レーカーの容量ぎりぎりの機械だったため、
通電してすぐブレーカーがとび、そのため綿
菓子の機械が壊れるというアクシデントがお
こり、子供クラブは大赤字を出し、さんざん
なお祭りとなってしまった。
今年はそれらを踏まえ、万全の体制で臨ん
だというところ。
学生達はビニールプールを用意し、まず風
船ヨーヨー作りが始まる。
うまい器具があるもので、簡単にゴムを付
けたヨーヨーが出来上がる。


●宵祭り

こんな準備が進むうちに時刻は6時近くになり、気の早い子供達が集まってくる。
事前に各世帯に抽選券と花火券が配ってあり、子供達は花火を貰いにやってくる。
子供クラブの役員達が急に忙しくなる。
学生達の夜店も同じだ。

まだ明るいうちに、友達同士や、お父さん・
お母さんに手を引かれた子供達がやって
くる。
抽選券は2枚に切り離し、一方を抽選箱に
入れ、片方は返す。
そして、参加賞として洗剤と八雲さんの御
札を渡す。
花火券を持った子供達は花火が山のよう
に積まれた場所へやってきて、役員から花
火を貰う。
子供クラブ役員による、カキ氷・みそおでん・フランクフルトの売り場に列が出来る。役員さん達が手際よく売りさばく。
そう、これらは売り物で、子供クラブの行事の補助金を稼ぎ出す。
一方、山梨大学芙蓉寮の学生による夜店も盛況。
風船ヨーヨーは、直ぐなくなってしまい、カラーボール掬いにチェンジした。金魚掬い・輪投げも快調。
 
そして、宵祭りの最大イベント。抽選会が7時半から始まる。
子供の代表が抽選箱から当り券をひき、役員が読み上げる。
例年だと、早々に帰ってしまって、当り券の該当が無い場合が結構あるが、今年は1回だけだった。
5等から特等まで、順調に進んでいく。
途中で大学生が二人ばかり当選したが、快く辞退を申し出てくれて、再抽選になった。会場に感謝の拍手が広がる。

抽選会も無事終了し、夜店もほぼ完売状態。
明日の子供神輿もあるので、役員一同で簡単に宴を張り、初日が終了した。

●子供神輿

翌日は、朝から晴天。かなり暑くなりそうな予感がした。
祭典委員は早々に集まり、神輿を境内に出して最終準備を行う。
神輿2台と山車が1台。それにお囃子の山車が加わっての神輿行列となる。

境内に神輿が出される。大きな方は小学校
高学年と中学生達の神輿。
小さい方がウレタンで作られた、超軽量神
輿。小学校低学年が担ぐ。
境内脇には幼稚園児達が引っ張るリヤー
カーの出しが用意される。
お囃子は、獅子舞保存会の太鼓を敲くメン
バーがトラックの荷台で行う。
大太鼓・小太鼓・そして横笛・チャンチキの
3人体制。
太鼓とイスをトラックに固定する。

上の写真が、八雲さんの御神体である。祠と鏡は判るが、丸い石と円柱のような石はなんの神様かは、ごんじぃは知らない。
護国神社の宮司様により、お払いと祝詞の口上、そしてお神酒をいただくまでの神事が行われる。

式が終わると、子供達と神輿はお払いを受
けいよいよ出発。
上のスナップでは判りにくいが、結構岩窪
地内をくまなく巡る。
まずお囃子が先行し、賑やかに笛・太鼓で
威勢を付ける。
最初に大きな神輿、そして小さい神輿、そし
て山車が続く。
ハンディな賽銭箱が二つ、寄付を集めるた
めあちこち走り廻る。 

本当にこの日は暑かった。
ごんじぃは写真班を兼ねながら、お囃子のトラックを運転した。

この神輿行列を支える影の人達がいる。
まず、一番先頭に交通安全協会の半被を着た先導者がいる。
この人は最初から最後まで先頭を歩く。交代者はいない。
当然一般の道路を練り歩くのであるから、車が引っ切りなしに通る。
その交通整理もしながら歩くのだから、大変なことだ。

そして、岩窪地区をも日頃守って下さる駐在さんも、最初から最後まで、子供達の安全を見守りながら
歩き通して下さった。本当にご苦労さま。
大変な直射日光の中、紫外線対策もそこそこに、幼児達のお父さん・お母さんも歩き通す。
そして、なんといっても一番大変なのが、芙蓉寮の学生さん達。
練り歩く距離は半端ではない。子供達も直ぐ疲れてしまう。
結局、神輿を最後まで担いで歩くのは、学生達の肩ということになる。
山車を引っ張るの方もも同じ。
普段はこんな力仕事をしたことがない学生もいることだろう。
神輿の陰には、こんな人達が力を貸していることを是非忘れないでほしい。

岩窪地内をくまなく巡る。
今年は大変暑かったにも関わらず、病人
などが出なくて本当に良かった。
スナップのように神輿・山車を中心に動か
しているのは芙蓉寮の学生達。
今年は岩窪一、お祭りが好きな長老が、
足を故障してしまって、一緒に歩いていた
だけなかったのが残念だった。
この方の掛け声とお祭りの団扇の振りが、
いつも最高に盛り上げてくれるのだが・・・
神輿の巡るルートの途中三ヶ所に休憩所が作られる。
最初は幼児教育センター駐車場でカルピスなどの飲み物が用意される。
次は山梨大学国際交流会館前でキンキンに冷えたかき氷。最後は大泉寺山門前で甘いスイカが配られる。
この休憩場所がなければ、とても最後まではもたない強行軍となってしまう。
どうこの雄姿。幼児用の半被が無かったと
かで、大人用の半被をうまく着こなした。
下の3枚のスナップが一回りして、境内へ
戻ってきたところ。
最後に神輿を三回大きく振り上げて終わ
る。
子供達はこれでお土産貰って解散。
役員は当然この後後片付けを行い、自治
会館で反省会をして終わる。

二日間に亘る、結構ハードなお祭り。
その割りには祭典委員の数が少なく、年齢もお年寄りが多くて、この長丁場を運営するのはこれからの
自治会の課題だと思う。
なんとかして、もっと若い力をこのお祭りに注ぎ込むことができないか、真剣に考えなければならない時
にきているようだ。


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2010年盆送り・盆踊り


岩窪自治会の夏の恒例行事は、8月16日に行う盆送りと盆踊り大会の二つ。
お盆の最終日に行うから、休日・平日は問わずの行事。役員にとってはかなりハードなものになる。

さてここでは、その他の行事紹介も同様だが、行事運営の引継ぎという観点から、自治会がどん
なことを、どんな手順で行うかという目で紹介する。
自治会員の後世への行事の伝承を主眼にしているのでお許し願いたい。
ということで、スナップを交えながら紹介していこう。

      ●●盆送り●●

お盆についてちょっと振り返ってみる。
 お盆・・・盂蘭盆会(うらぼんえ) 7月または8月13日〜16日の4日間
      先祖や亡くなった人が苦しむことなく、成仏してくれるよう子孫が報恩の供養をする。
      13日の夕方迎え火を焚き、先祖の霊を迎え、16日に送り火を焚きお帰りいただく。
      ちなみに盆飾りのきゅうりは馬の例えで、少しでも早く迎えられるようにとの願い。
      なすは牛の例えで、帰るときはのんびりとの願い。
こんなとろだが、誰もが知っていると思う。

盆送りとは、お盆の最終日に送り火を焚いて、先祖にお帰りいただくことをいう。
昔は盆棚に飾った花や馬や牛、お供物などを盆舟に乗せ明かりを灯して川に流していた。
しかし、現在は環境面から行われなくなり、甲府市では8月16日に市の環境センターが、地域
ごとにまとめられた盆送りの供物を、わざわざ集めに来て一括処理してくれる。
岩窪では環境衛生部が盆送り行事を行っており、自治会館脇に供物を置く場所を設定し、自
治会内のお寺から、円光院と大泉寺の法上さんに一年置きに回向をしてもらっている。

朝6時半には環境衛生部役員
が、自治会館玄関に白布を張
り、仏様の掛け軸を吊るしたり、
線香や蝋燭立をセットする。

盆送りの供物はスナップのよう
に、会館脇に川に見立てたブル
ーシートを敷いてその上に置い
てもらう。

2010年は円光院さんにお経を
上げていただいた。

会館前には、自治会長が陪席
してくれる。
この盆送り場は岩窪だけなく、
お隣の自治会も使用している
ため、そちらの自治会長も陪席
する。


         
●●盆踊り大会●●

次は盆踊り大会を紹介しよう。
盆踊り大会も16日開催は崩れない。
しかし、ヤグラを建てたり、ここ何年かは大会開始前のイベントとして素麺流しをやっており、これらの準
備にほぼ一日を費やすことになる。
16日が休日なら朝からの準備に、組長も役員も対応しやすいが、平日の場合は仕事をしている人には
ムリな相談となる。
このため、ヤグラ作りについては、直前の休日に実施する。

まずは自治会館の倉庫からヤグラの階段や紅白の幕、提灯、テント、放送設備など必要機材を運ぶ。
大会の場所はここ数年北部幼児教育センターのグランドをお借りしている。
そのため、グランドの端にスナップのようなヤグラの骨材を保管しておく場所が作られている。
ヤグラは昔は丸太であったが、現在では単管と呼ばれる骨材鉄管になっており、一本一本どこに使う部分
かが判るようにマークがつけられている。
それぞれ単管をジョイント金具を使いながら組上げていく。
多数のご長老達が手馴れたもんで、声をかけあいながら簡単に仕上げてしまう。
大人数が載っても大丈夫なように、骨組みに手抜きは絶対にしない。
スナップのように単管でネダを組み、その上に横板を等間隔に置いて、そこへコンパネをネジ止めして舞台
を作る。
階段はがっちり溶接仕上げされたものを取り付ける。
一方では、本部席となるテントを作ったり、ヤグラの手すりなどの単管に紅白テープを巻いたり、提灯の電線
を張ったりと、全組長・役員が男女関係なく、自分に出来ることを分担して行う。
ヤグラ上部に提灯をつけ、ここまで約2時間くらいの仕事。

昔からの伝統とは言え、大掛りなセッティング。
今のご長老達は、もう何十年(決して数年レベルのオーダーではない)もこれをやってきたいる。
手馴れたものではあるが、そこにはやはり長老と若輩達のいろんな問答が聴こえてくる。
  
  長老A  「どうだ、今じゃ単管で簡単に組み上げられるようになった」
  若輩1  「昔からじゃないんですか」
  長老A  「そうよ、昔はみんな丸太で組み上げたもんよ」
  若輩1  「想像がつきません」 
  長老A  「今の若いもんは、ナニも知らないなぁ・・・」
  若輩1  「時代が違いますよ」
  長老A  「だからこうしてやり方を変えたんだよ。来年はお前がこれを組むんだ」
  若輩1  「ムリです。私はまだ、鉄管に紅白テープを巻くことしかやってないんで・・・・」

かと思えば
  長老2  「おい、コンパネはそんなに細かくネジ釘で止めなくてもいいぞ」
  若輩2  「えーあっちのご長老は、ずれないようしっかり止めろと言ってましたが」
  長老B  「外す時に手間がかかって大変なんだよ」
  若輩2  「それじゃちょっと見本をお願いします」
  長老B  「まぁその辺は適当にやれよ」
  若輩2  「料理の塩加減じゃあるまいし、適当でいいってもんじゃないですから」
  長老B  「いや、オレはそっちはやったことはないから・・・・」
                       ・・・・と言って去っていった・・・・  

  若輩C  「コンパネの端がうまく合いません。重ねて止めていいですか」
  長老3  「角々に書いてある数字を併せたか」
  若輩C  「ああ、あの数字はそういう意味だったんですか。でも面倒だから重ねていいでしょ」
  長老3  「ダメだって。ここで年寄りが踊るんだから、つまずいたら危ないだろ」
  若輩C  「そうか、判りました直します。お年寄りかぁ・・・でもお幾つくらいなんですか」
  長老3  「オレと同い年」
                       ・・・・どちらも絶句・・・・

次の大仕事は素麺流しの準備である。
竹で作るレーンが汚れてしまうので、この作業は当日行わなければならない。

まずは新しい孟宗竹を半分に割り、節を綺麗に削り取る。これが素麺を流すレーンとなる。
この二つ割したものを一本にして、15メートルくらいの長さのレーンを作る。
一方、台は真竹で作る。
まず120・115・110・105・100センチと5センチ間隔に短くしたものを4本づつ作る。
同じ長さのものを2本スナップのように重ねて止める。これがレーンの受け台となる。
この2本を倒れないよう支える足を付け、三又のようにする。
そうしたらレーンを乗せ、台の下部を3本の竹で止めて、がっちりと動かないようにし、レーンもネジ止めする。
水を流して、レーンを綺麗に洗う。 
その他にも、素麺流しで流す水のはけ口をこしらえたり、食べた器や箸の捨て場所を作ったり、子供達へのちょ
っとした遊び場所として、ヨーヨー釣りの準備も行う。
そして、賛助スポンサーを書いた行灯を吊るし、踊りに来てくれた人への景品を運びこみ、ヤグラの上に太鼓を
据付る。
一方ではスナップはないが、女性達が教育センターのキッチンをお借りして、素麺を茹でたり、麺汁などを作る。
本当にこの素麺流しだけでも一大イベントだと思うが・・・・ 

素麺流しの準備は炎天下での作業となるから大変。
  長老4  「暑い。暑い。暑い   暑い」
  若輩d  「脱水症状を起こす前に水分補給が必要ですよ」
  長老4  「うまいこと言うなぁ。おーーいビールくれぇ」
  若輩d  「ビールはダメです。もっと酷いことになりますよ」
     って言っている間にグビリクビリの音が・・・
     しばらく経つと、今度はグーグーの音が・・・起こすと
  長老4  「オレ脱水症状みたい」・・・・・・
     本当にそうか?????

冗談はともかく前年の準備の時には、本当に脱水症状を起こした方もいた。

岩窪自治会には、なんと自治会独自の「岩窪音頭」がある。
そして踊りも、自治会内の踊りの先生により振付けが行われている。
岩窪は武田信玄公ゆかりの地域であり、自治会内には信玄公墓所や、奥方の三条夫人の墓所、
父親の武田信虎の墓所
などが点在している。
岩窪音頭は、このような信玄ゆかりの人や、土地の名が織り込まれた、詩情豊かな歌詞を持つ
素敵な曲であり、自治会のイベントでは必ず流される。
山梨の唄と言えば「武田節」が一番知られているが、岩窪ではまず岩窪音頭となる。
当然盆踊り大会ではメーンの曲であり、放送設備がセットされるなり、この曲がエンドレスで町内
に流れる。
そして一旦踊りが始まると、終わるまでに5回以上踊るだろう。
  

夕方5時、まだ明るいうちに素麺流しが開始される。
女性軍は麺つゆと刻みネギを分配する人、素麺を流す人など手分けをして忙しく動き回る。
二つ用意したレーンには子供や大人が群がり、おいしそうに素麺を食べる。
なにしろ、口に入れるものであるから、第一に清潔を心がけなければならないが、その辺は徹底されている。
テントの脇ではヨーヨー釣りが行われた。
そうこうする内に、当りは薄暗くなり、提灯や行灯に明かりが燈る。
本部席では早速ビールの缶が並び始める。 
まずは自治会長の挨拶があり、岩窪音頭から踊りはじめる。
ヤグラの上での太鼓は自治会にある岩窪太鼓社中の皆さん。
社中代表者のお孫さんも敲く。
途中でかき氷を全員に配ったり、抽選会をしたりしながら、踊りまくる。
盛会のうちに大会が終了してから、役員さん達が簡単な片付けを行い、反省会をした後でやっと解散となる。

こうして一日が終わると関係者はぐったり。
翌日はあちこちが痛いという長老も何人かおられる。
ヤグラは次の休日に、もう一度役員達が集まって解体作業が行われ、これでやっと終了となる。
いずれにしても大変・・・・・

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   2009年防災訓練

岩窪自治会が所属する甲府市では、毎年8月末頃に一斉防災訓練が行われる。
岩窪地域は北・東側に山を背負っている地形であり、過去には大きな山津波が発生したこともあ
ったから、この防災訓練には必ず参加している。

地域内には甲府市消防団の第7部も置かれ、自治会にも防災施設部があり、この部が主となって
毎年非難訓練を主に実施してきた。
特に昨今、東海地震の発生が不気味に予想されていて、自治会としての防災訓練は、これまで
以上に綿密に行っていかなければならない。
このため、防災マップを作成し、各組の一次非難場所・地域としての二次避難場所・消火栓・AED
設置場所などが何処にあるか、一目で判るものを各戸へ配布を行っている。

以降の記録は平成21年度夏に行われた、防災訓練の模様である。


訓練は朝7時に開始される。
そのため、防災施設部と、自治会長を本部長とする、自治会自主防災組織役員は6時過ぎには集合し、防災
部長の訓示の後、本部用テントの仮設、防災器具や救急箱の準備が行われる。
今回は通常の避難訓練に加えて、以下の防災訓練を自治会独自で行うことになった。
  ・女性消防隊による非常食料を使った炊き出し訓練
  ・消火器による実消化訓練
  ・毛布を使った負傷者救助訓練
  ・自治会所有の防災器具の使用訓練
  ・消火栓を使った放水訓練
以上かなり中身の濃いものとなった。

折角の機会なので、岩窪自主防災組織について簡単に紹介しておく。

  ○防災組織

       本部長(自治会長)
          副本部長(副会長・防災施設部長)
            消化班(防災副部長・体育部・女性消防隊)
            救助・非難誘導班(防災副部長・文化部)
            情報班(防災副部長・広報部)     
            衛生救護・生活班(防災副部長・女性部・福祉部)
            安全点検班(防災部)
            清掃補修班(防災部・環境衛生部)
            総務班(事務局・会計)
          各組組織
            防災責任者(組長)
              消化班
              救助班
              情報班
              衛生救護・生活班

以上のようにかなり細分化された立派な組織である。
この中で、各組長は自分の組の防災責任者となる。
また、各組の中で数名の各業務班担当者が選任されていることを、是非理解しておいてほしい。


準備が整うと、7時にサイレンを鳴らしつつ「訓練・災害発生」の一斉放送が行われる。
各避難場所では、だいたい5分くらいで避難が終わる。
各組長は避難状況を取りまとめ、防災本部まで各組の状況を報告にくる。
今回は全組の報告までに、開始から30分以上かかっており、これをもっと短縮することが課題。
自治会館内では、女性消防隊が炊き出し訓練を行っている。

実際の災害発生は何時発生するか判らない。
そのためには少なくとも懐中電灯は、必ず家族全員が判る場所に置いておいてほしい。

また、どんな被害となるのかも予測できない。
全く無傷な場所もあれば、家屋が倒壊したり、地すべりが起きているかもしれないのである。
だから、訓練のときとは大きく様相が異なってくるため、一人一人が身の安全を最優先に、家族
の安否確認と確実な避難を行うようにしてほしいと思う。

避難訓練が終わると、佐藤公園に
移動し、まず消火器を使った初期
消火訓練が行われた。
岩窪地域には甲府市消防団第7部
が設置されており、団員の協力と
指導により、スナップのような迫力
満点の消火訓練となった。
女性でも、方法さえ知っていれば
安全かつ簡単に消火できることも
理解してもらった。
女性消防隊により、非常食を使っ
た炊き出しごはんが、参加者全員
に配布された。

このように訓練を行うことにより、イザという時のコツを覚えることができる。
是非ご家庭でも、家族総出で防災訓練を行うことを推奨する。
また、訓練をしないまでも「こんな時はこうする」、「あれはあそこ」などと避難方法や、防災用品の
置き場所などを話し合い、確認しあうだけでもいいと思う。



次に行われたのは毛布を使った、急造担架による救助訓練で、上側は毛布のみでの訓練、下側は毛布と竹
竿を使った訓練の模様。
指導者からは「絶対ムリをしないで、大勢で足腰に負担がかからないようにする」と指導され、女性や身長差
などが気にならない救助方法を知る訓練となった。


続いて自治会が所有する防災器具の使用訓練を行った。
まずは非常用電源、これはエンジンを回すコツがつかめれば簡単。
次はエンジンカッターの訓練。
これはカッターが高速回転するため、エンジンのかけ方もさることなが
ら、しっかり持って確実な姿勢で扱わなければならない。
訓練では葡萄棚に使われていたコンクリートの柱を、いとも簡単に切
断してしまった。
最後はチェーンソー、これもチェーンが回転しているので扱いには注意
を要する。
こちらは木の柱を切る訓練をした。

この他の自治会防災器具として、女性消防隊が使う、手押し式の消防ポンプがある。
エンジン式のもので、消火栓ではなく池や川など水が在る場所でしか使えない。
こちらは女性消防隊が別途訓練を行っている。


最後の訓練は実際の消火栓を使った放水訓練。
消防団員が指導者となり、まず消火器具が入っている赤い箱の中身について説明を受ける。
続いて道路に埋設されている消火栓の上フタを空け、ハンドルを差込み、ホースを接続する。
放水口は、慣れていない人は二人で、水圧で振り回されないようしっかり足腰を踏ん張るように指導された。
消火栓蛇口側と声を掛け合いながら、放水を開始する
また、女性でも放水できることを確認してもらった。

これで全てが終了し、最後に防災部長が締めくくって半日に及ぶ訓練を終えた。

実際に災害が発生することは無い方がいいが、万一の場合は、自治会全員が一丸となって、隣
近所の安否確認をはじめ、お年寄りや体の不自由な方の避難の介助、パニックを静め皆が一つ
となった規律ある行動などに努めていただければと思う。

以上が自治会防災訓練の様子である。

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  2010年長寿を祝う会

敬老の日には、全国でいろいろな行事が行われる。
昨今は昔のように地域でとか、皆でとかいう行事が敬遠されがちで、場所によってはお年寄りに
金一封なり記念品を配ってチョン!なんてところもあると聞く。
しかし、岩窪自治会ではきっちりと地域内のお年寄りに集まっていただいて、長寿を祝い、ご歓談
いただき、記念品をお贈りするという「長寿を祝う会」なる行事を継続している。

ここでは平成21年に行われた長寿を祝う会を紹介する。
単なる行事紹介ならどこにでもあるので、行事運営の引継ぎという観点から、あくまでも自治会が
どんなことを、どんな手順で行うかという目で書いていく。
その他このページに掲げた、諸行事紹介もみんな、後世への行事の伝承を主眼に書いているの
でお許し願いたい。
ということで、スナップを交えながら紹介していこう。

●当日朝の準備

長寿を祝う会は、お昼を食べなが
ら行われる。
そのため、朝から役員は自治会
館に集合し、役割分担・時間的行
程の確認など最終の検討が行わ
れる。
スナップでは、引き続き自治会館
で行われた、看板などの作成風
景しか判らないが、この他に、
 ・長寿を祝う会会場(今回はつつ
  じが崎温泉)との調整と下準備
 ・マイクロバスによる送迎ルート
  の確認とバスの点検
 ・体調不良などで出席出来ない
  お年寄りの確認と、記念品配
  布の手分け
 ・会の進行手順と、会場スタッフ
  の分担
などなど、主催元の自治会福祉部
が中心となって、女性部・民生委
員・その他自治会役員が一丸とな
っての準備が行われる。
会場では、スナップのように、朝一で作成した看板の取り付け、入口受付の準備、配膳などが、男手が無い中、
女性部が行う。
袋に入れてあるのは、欠席されるお年寄りへお渡しする記念品である。
これを、自治会を東西南北に分け、関係する組長からそれぞれのご自宅へ配布してもらう。

この会への参加資格は、現在73才からと中途半端な年齢となっている。
岩窪自治会には600軒以上の家があり、年々高齢化が進み、この73才以上の方は、今回200
名を超える状況にとなった。
当初は70才以上だったが、何しろ該当者が増えるばかりで、予算的関係からも対象年齢を引き
上げざるを得なかった。

過去にはこんな問答があった。  
  ある男性  「おい、参加資格年齢が毎年上がっていって、おれはいつになったら参加できる
          ようになるんだ」
  若輩役員  「え、そうでしたかそんなお年には見えませんが」
  ある男性  「お世辞はいいから、今年は参加できるのか」
  若輩役員  「今年から73才以上となりましたので、多分ダメかと・・・」
  ある男性  「また、一年待てというのか」
  若輩役員  「健康で長生きすればいつかは・・・・」

●送迎
出席者の送迎にはマイクロバスを借用し、2台で行う。
事前に停留場所と到着時間などを、組長経由で出席者には周知しておく。
しかし、ご近所どおしの待ち合わせや、時間の間違いなどで、時間通りには集まらない。
なかなかこない方の家へは、組長が呼びに行くこともある。
そうすると、次の停留場所で待つ方々は、「あそこに見えてるのに」と結構イライラしながら、
役員に「見てこいよ」などとハッパをかけることもある。
足腰の達者な方ばかりではないため、バスの乗り降りにも、ビールケースなどを利用して、
出来る限りムリしないように心がけなければならない。
地域全体を2台で廻っても、全員を送迎するには、結局は1時間近くかかることになる
会場へ到着すると、まず受付で名札シールを付けていただく。
このシール造りもかなりの手間がかかっている。
今回の出席者は50名強であった。
何しろ岩窪自体が広く、昔から住んでいる方ばかりではないので、お互いに誰だか判らない
場合もあるのでこんなことも必要となる。
名札は、当日の会場スタッフも全員が付ける。

会場は座敷のため、足の悪い方には、お寺(円光院)から借りてきた正座用座椅子、それで
も辛い方にはイスを用意しながら席についていただく。

送迎が最も気を使うところ。
マイクロバスはかなりの段差が
あるため、足腰の弱いお年寄り
がムリをしないように気を配る。
入口には看板が立てられ、お年
寄りの到着を待つ。   

この会を開催するに当っては、福祉部の事前準備が大変なのである。
 ・全対象者の確認はあらかじめ出来ているが、会への出席者の確認は各組長を通して、二ヶ月
  ほど前から行われる。
 ・記念品を何にするかを決め、その購入を行い、出席出来ない方の分の取りまとめも行う。
 ・舞台で行う演目を何にするか、そして演目者への出演交渉と演題の調整をし、時間スケジュー
  ルの作成。
などなど。

●本番

全員が席につくとちょうど開始予定時間となる。この当りは過去の経験から蓄積された、準備のノウハウが効
いてくる。
司会者の開会の声を皮切りに、自治会長挨拶・その他民生委員さんや、主催となる福祉部長の祝辞などセレ
モニーを簡単に行い、出席者の中で最高齢の方を代表として記念品の贈呈が行われる。

そして、自治会役員の紹介が終わると、いよいよ乾杯。
以降は食事を楽しんだり、いける方には飲んでいただいたりと、役員が廻りながら懇親を深める。
歓談が進む中、今回出演を依頼
した方々による演目が舞台で始
まる。
今回は自治会に住んでおられる
方のハープ演奏。
銭太鼓、大正琴(2グループ)、飛
び入りのカラオケの熱唱と、盛り
だくさんの演目であった。

予定した演目が全て終了し、一息ついたところで、老人クラブ会長からお礼の言葉をいただき、最後はますます
の長寿を祈りつつ万歳三唱で締めくくられた。

再びマイクロバスが登場し、それぞれ家の近くまでお送りする。
会場では残った人が後片付けや、借用品を返しに行ったりして、最後は役員・関係者全員での反省会となる。
最後に全員で一本締めを行い、一日がかりのボランティアがやっと終りとなる。

以上簡単だが、これが岩窪自治会の長寿を祝う会である。
出席者の中には、過去、自分が役員となってこの会を運営された方もおられる。
また、現役員の中でも参加資格の年となり、出席者となった方もいる。

この一年一回の長寿を祝う会を楽しみにしておられる方も多い。
「また来年も」などと、役員に声をかけてくださる方もおられた。
当然ながらこの一年の間に、ご逝去されたお年寄りもおられるわけで、これからも毎回元気で出
席していただけるよう、役員一同願っている。

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 2010年岩窪運動会


岩窪大運動会は今回で38回目(2010年)を迎えた。
ということは、今60才大の人達が青年の頃に始まったことになる。
なんという歴史を持った行事であろう。
自治会独自で運動会をやっているところなんて、そんなには無いと思う。

開始当時は判らないが、現在は自治会内を東・西・南・北の4チームに分けて、チーム対抗戦を
行う形をとっている。
   東チーム:9・10・11・19・20組
   西チーム:7・8・12・13・14・15組
   南チーム:1・2・3・4・5・6・23組、国際交流会館
   北チーム:16・17・18・21・22組

全種目の中には自由参加や園児以下など、対抗戦に関係のないものもあるが、今回は次の6種
目で競い合った。
   「交通信号は守りましょう」、「玉入れ」、「綱引き」、「滝の白糸」、「障害物競走」、「リレー」 
   得点・・1位7点、2位5点、3位3点、4位1点

一昨年までは北チームが数年間連勝してきたが、昨年(平成20年)はそれまで万年2位だった、
東チームが久々に優勝をした。
ということで、今回の北チームの入れ込みは半端ではなかった。

では、この行事についても伝承という意味を踏まえながら書いていく。
まずは今回のプログラムを紹介する。

                 プログラム
順番         種目    種別        人数
1 グッドタイミング 自由参加 10人
ケートボール 自由参加 10人
交通信号は守りましょう チーム対抗戦 10人
玉入れ
チーム対抗戦 子供3人・大人7人
カンタンゴルフ 自由参加 10人
町内をきれいに 自由参加 15人
綱引き チーム対抗戦 大人男10人・女10人
宝ひろい 自由参加 園児以下
まる・ばつクイズ 自由参加 全員
10 踊り 自由参加 誰でも
11 滝の白糸 チーム対抗戦 子供5人・大人10人
12 かりもの競争 自由参加 10人
13 障害物競走 チーム対抗戦 子供男2人・女2人
大人男5人・女5人
14 ボーリングゲーム 自由参加 一度も出なかった人
15 どれにしようかな? 自由参加 10人
16 リレー チーム対抗戦 子供4人
大人40才未満男3人・女3人
   40才以上男3人・女3人


運動会は体育部が中心となって計画・事前準備・競技進行を行うが、本部席のテント設営や放送
設備などまでは手が廻らない。
当然、体育部以外の役員や組長総出の対応が必要となり、役員は経験者が多いものの、組長さ
ん達は初めての行動なので、かなりハードな一日となる。

今年は北東中学校グランドをお借りしての開催となった。
当日朝、まず自治会館へ役員・組長は集合し、各競技で使う道具、テント
などをトラックへ積み込むことから始まる。
一方では、体育部副部長達が会場で賞品・景品の準備を行う。
本部席用のテント作り、机・イス並べ、入・退場門の設置、放送設備の準
備などを短時間で仕上げなければならない。
組長達はこれが終わると、今度は自分達の組の準備に取り掛かる。
応援席用のシートの設置、飲み物・食べ物の準備(各組任意)など。
そうこうしているうちに、各組の参加者達が集まり始める。
ここまでを約1時間で済ませなければならないから、組長は大変なのだ。
本部席では抽選会用クジ番号の収集が開始され、その内に開会式のア
ナウンスが流れる。
各チーム別に集合が終わると、開会宣言、自治会長・来賓挨拶、競技注
意事項伝達などの後、前年度優勝旗変換、選手宣誓と、まあ一般的なセ
レモニーがおこなわれる。
そして、柔軟体操の意味も含め、ラジオ体操第一を全員で行う。
さて、ここから競技開始となるが、各チームでは所属する組長達が、次の
競技の参加者を募り、入場門のところへ集合させなければならない。
対抗戦種目の参加者は事前に組長間で調整してあるものの、自由参加
種目までは選手を決めてないので、人数集めが結構大変なのである。
組長達は自分の組の飲み食いなどの面倒を見ながら、選手集めも行わ
なければならないので休んでいる暇はない。


運動会としては、岩窪自治会の上位団体である相川地区自治会連合会も、毎年4月に開催され
る。
そして、10月頃に岩窪自治会の運動会開催ということになり、年に2回の運動会がある。
(相川地区の運動会は、このページの上の方に別項目として報告してあるので、そちらを見てもら
 いたい)
600世帯以上の大きな自治会であるから、単独で運動会を開催してもおかしくはない。
今回38回目だから、一番最初は1973年(昭和48年)のようで、その時は何世帯くらいあった
のだろう。
ちなみに昭和10年の岩窪は、35世帯しかなかったと記録にあるからそれ以上あったはずだが。
ごんじぃは8年ほど前に組長を経験し、この二度の運動会に大変苦労した覚えがある。

ではでは、各競技のスナップと簡単なゲーム方法の紹介などをどうぞ。

まずは上のスナップ、自由参加の「グッドタイミング」
ボールを蹴っていき、先においてある麻袋へワンバウンドさせて入れて帰るという簡単なもの。

次は下のスナップ、これも自由参加の「ゲートボール」
ボールを持ってスティックのとこまで行き、そこからゲートを玉を打ち、ゲートを通るまで打ち続ける。
最初の対抗戦競技は上のスナップの「交通信号を守りましょう」
走っていくと、競技委員が箱を持っている。中には青・黄・緑のボールが入っており、一つを選ぶ。
先の方に青・黄・赤の順に5メートル間隔でコーンが置いてあり、ボールと同じ色のコーンを廻って返ってくる。
赤を取り続けると大変な時間がかかり、運に左右されるゲーム。

続いて下のスナップ、やはり対抗戦競技の「玉入れ」
赤・白しかないので、4チームで組み合わせ抽選を行い、トーナメント方式で順位を決める。
ただ投球時間が30秒と短いため、どのように入れるか(一つづつか、ある程度まとめて一気にか)作戦が必
要となってくる。 
左のスナップは自由参加の「カン
タンゴルフ」
15メートル先のコーンに3打以内
で当てる。
それ以上は打たないで帰る。
上のスナップは、これも自由参加の「町内をきれいに」
ボールを箒で掃きながら、先に置かれた4本のコーンをジグザグに進んでいくというもの。

さて、下のスナップが午前の部で一番盛り上がる、対抗戦競技の「綱引き」
各チームとも力自慢?とか体重自慢?とかの選手が選抜されてくる。
条件を揃えるため男女別人数が決められており、これも抽選の上トーナメント方式となる。
この種目は、北チームがこれまで殆ど勝ちっぱなしなのだ。


運動会となると必ず起こるのが、各チームに所属する役員の口合戦である。
東西南北にはそれぞれ副会長が配置されているが、まあ、この方達が中心となっての舌戦となる。
中でも一昨年まで常勝であった北と、2位に甘んじていた東の舌戦が一番火花を散らす。

特に昨年はこの順位が逆になったのだから、北の入れ込みは大変なものがあった。
  北A  「今年は見てろよ、去年のようにはいかんぞ」
  東1  「なんの、今年も勝利の美酒を飲むのは東ぞ」
  北B  「今回の選手達はちょっと違う。全種目1位の力が十分にある人選なのだ」
  東2  「む、ワザで勝負。結果を見ることだ」
  なんて、言ってる間に対抗戦第一種目の「交通信号を守りましょう」はなんと西チームが勝利。
  西イ  「フフフ、お前達の話は口ばかりで」
  北・東 「・・・・・」

かと思えば
  南あ  「うちのチームは、玉いれは結構自信があるのだよ」
  北A  「こっちだって作戦はたててある。一投づつ狙って入れるのだ」
  東2  「北チームさんよ。投球時間は30秒しかないぜ、そんな悠長なことやってられるの」
  北A  「ナニ?! オーイ作戦変更だぁーーーー」 

綱引きになると、これは北が常勝してきた種目だけに、他のチームは負け惜しみもでない・・・・
  北A   「選手は力+重さで選抜した」
  東西南 「はいはい、そうですか」

とまあ、多少創作もあるが、毎年がほぼこんな感じだと想像してくれればいいと思う。
午前三つの対抗種目の結果、北チームが「交通信号を守りましょう」は2位だったものの、「玉入
れ・綱引き」に連勝した。
東チームはいずれも3位ということで、どうやら総合優勝の目はなさそうな雰囲気。
  東1  「おい、ちょっと東のみんなのところへ行って、ハッパをかけてこい」
  東2  「もう遅い気が・・・」
  東1  「ン、オレもそう思うが・・・」

上のスナップは園児以下による「宝ひろい」
園児以下であるから0歳児でも父兄同伴で可。

お昼前のゲームは「まる・ばつクイズ」
岩窪に関係する質問を出し、まるかばつのエリアに別れ、正解者だけが残るお馴染みのもの。
ここでお昼となる。
その間に太極拳愛好者による演舞が行われる。
弁当・飲み物などは、ほとんどの組が当日弁当屋から受け取っている。
だから、組長は事前に参加者を把握する必要があるということだ。 
お昼が一段落すると、今度はグラ
ンドゴルフ愛好者達が、ホールイ
ンワンを競いあう。
お昼休み後の最初は大きな円を
作っての踊りが行われる。 
岩窪の運動会で、古くから行われているユニークな対抗戦種目が、上のスナップの「滝の白糸」
子供と大人の人数を各チーム揃え、湯呑茶碗でバケツから水をすくい15メートル先の一升ビンに淹れる。
この茶碗をリレーしながら、一番先に一升ビンを満タンしたチームが一位というもの。

下のスナップは自由参加の「かりもの競争」
途中にいる競技委員の箱の中から封筒を選び、中に書いてある品物・人物を廻りの観客から借りたり連れて
くる。 
いよいよ「障害物競争」、これも対抗戦競技だ。子供男2人・女2人、大人男5人・女5人で各チーム構成される。
半周ごとにバトンリレーとなり、女子はハシゴくぐりと輪くぐりを、男子はネットくぐりと、麻袋を履いて数メートル
進むという四つの障害を越えていくもの。
さて、対抗戦はこれが終わると、残りはリレーだけとなる。
ここまでの5種目終了時点での得点は下のスナップのとおり。
なんと、北チームは4種目を1位通過、1種目が2位という、ダントツの強さを見せている。
昨年の覇者の東チームは、3位か4位という不甲斐なさで、この時点で総合3位に甘んじている。
リレーの結果を待たずに、北チームは総合優勝が決定した。 

  北A  「なんだ面白くないなぁ、もう優勝が決まってしまった」
  南あ  「これでリレーも1位なら、ほぼ完全優勝であるな」
  西イ  「東チームはどうしたんだね」
  東1  「なんとでも言うがよい。トリは取る・・・・・」
    影に廻って 東1 「オイ、大丈夫だよなあ」 
            東2 「はい・・たぶん・・いやそう願うしか・・・」

違う場所ではなにやら計算している人が
  役員1 「えーと、今北が33で、リレーが最下位だと仕上がりは34点」
  役員2 「ということは現在の2位は西の23点だから、リレーで1位をとると30点で4点差」
  役員3 「逆転優勝させるためにはリレー1位は12点の得点とすればいいようです」
  役員1 「それじゃあ、リレー1位の得点は2倍の14点とすれば判り易い」
  北A  「聴こえてるぞ、なんだその悪巧みは」
  役員達 「ムリですよね・・・・」

次はこれまで一度も出場していな
い人をメーンにした「ボウリングゲ
ーム」。
15メートル先に賞品が置いてあ
り、ボールを転がして倒したら、貰
えるというもの。
用意した賞品がなくなるまで続け
る。 
本来なら次は、「どれにしようかな?」という種目をやる予定であったが、時間がかなりおしてきていたので、
体育部長の独断的英断で割愛し、最後の競技となる対抗戦のリレーを行うこととなった。
子供4人、大人40才未満男3人・女3人、40才以上男3人・女3人というかなりエイヤな制限のチーム編成で行う。
走る距離も全て半周というヤワなものであるが、やはりリレーは観客も本部席も総立ちで応援が行われるほど
熱が入る種目。
この競技は伝統的に東チームが強く、綱引きの北の常勝と対をなす種目である。
まあ、結果は予想通り東チームが1位となったが、最後の悪あがきにしかならなかった。 
以上で、競技は全て終了する。
この後は北チームへの優勝旗授与、2位の西チームにカップ授与が行われた後、お楽しみ抽選会となる。
しかし、組長達はまだまだ仕事が残る。
まずは後片付け、競技用機材、本部用機材などをトラックに載せ、自治会館へ戻り所定の位置へ戻す。
ここまでで運動会としては一応解散となるが、次は各チームでの反省会を行うところもあり、組長はその準備と
運営、後片付けまでやって、やっと終了となるのだ。
なんとまあ、朝早くから丸く一日、本当にお疲れ様でした。


最終の得点結果は、
   北 34点  西28点  東13点  南11点 の順となった。 


以上ざっと紹介したが、組長にとってはかなり大変な行事であろう。
しかし、この運動会は自治会内・組内の人々の交流の場としては最高のイベントであり、これからも
是非続けていって欲しい。


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  2011年岩窪自治会文化祭


岩窪自治会では秋の恒例行事として一年おきに文化祭を実施し、今回が10回目の開催となる。
主催は文化部だが、女性部のバックアップが非常に大きい行事となる。
秋にはもう一つ自治会独自の運動会も行われるため、文化祭のある年は結構ハードとなる。
秋本番の日曜日に開催されるが、準備はその前日の土曜日から行われ、役員一同は完全に
二日間をつぶすこととなる。

文化祭として何をやるかというと、自治会員が趣味としてやっている、いろいろな文化面の活動を
発表してもらう。
 ・絵画・書道・刺繍・各種細工・お花・盆栽・観賞菊などの作品展示
 ・舞踊・大正琴・コーラス・詩吟など芸能の発表
の大きな二つの柱で開催される。
その作品なり芸能は、プロ顔負けのものもある。

メーン会場は自治会館二階となる。
壁際に作品を展示し、舞台で芸能を発表する。
一階の小広場で、岩窪農事組合員による農産物の直売と、女性部特製の豚汁とお握りの無料
炊き出しが行われ、自治会館一階にはお茶室もあるという凝り様。
この会場準備に前日から取り組む。

文化祭のやり方を記録に残すという観点で、ざっと準備の模様から書いていく。

まずは二階展示会場の設営
 ・南側(窓側)の壁から西側の壁、そして北側の入り口まで壁に絵画などを吊るせるよう角材
  を取り付けていく。
 ・南側・西側は天井から80cmほど下がったところにも角材を取り付け、額縁などが二段に吊
  るせるようにしておく。
 ・その角材を隠すように、天井から一面に白い布を画鋲で垂らしていって、バックを白に統一
  する。
  ここには絵画などを吊るして展示する。
 ・南側の壁際に、会議用小机を壁に沿ってまず二段重ねで置き、その手前に階段状に一段
  机を置いていく。そしてこれを全て白い布で覆って各作品を置く台を作る。
 ・西側の壁は天井に取り付けた角材に、黒い紙のボードを止めていく。
  この紙ボードはいつも小机を置いておく壁にダンボールに入れて立てかけてある。
  このボードは書道作品を展示するための、黒いバックを作るためのもの。
 ・このボードの下にも、小机を一段並べて白い布で覆い、作品の展示台とする。
これで、自治会員の作品が展示できる舞台装置が整う。

壁に取り付ける角材は、自治会館北側の壁際に置いてあるが、毎回10本程度補充する。
壁の一番上と、80センチ程度下に横桟を作っていく。西側の壁は黒い紙のボードを4枚貼り付ける。
南側の壁際に会議用小机を2段に置いていき、その前に1段並べて2段の展示台をつくる。西側は1段にし、壁
から展示台まで全てを白布でカバーする。
北側はトイレが使えるよう、壁から60センチ程度離して角材を天井に取り付けていき、ここに白布を止めて吊る
していき流しとトイレへの隠し通路を作る。

舞台は三面を紅白の幕でカバー
する。
正面に文化祭大看板と自治会旗
を吊るす。

この作業と並行して、舞台の準備をする。
 ・舞台は普段は黒板や優勝旗、事務用品などが置かれているが、これを全て1階の奥の間
  へ移動させる。
 ・壁は三方に紅白の幕を垂らす。
  ただし、北側には動かせないコピー機や文書棚があるため、天井から紅白幕を吊るすよう
  細工する。
  東側の壁に、「岩窪自治会文化祭」の文字を書いた大看板を吊るして舞台の準備が整う。
 ・この大看板の骨組みは、運動会の障害物競争に使う梯子状の木枠を利用し、模造紙で覆っ
  てそこに題字を書くのだが、今回は円光院の印刷機で作ってもらった。

一番厄介というか、凝ったものになるのが二階の会場入り口である。
次第にエスカレートしてきているというのが本音で、毎回趣向が違うため、おっつけ大工となる。
 ・二階には北西の角にトイレがあり、押入れ、流しと続いて会館入口となっているので、このト
  イレと流しを使えるようにするため、隠し通路を作るよう上から白い布を垂らす。
 ・ここには今回は子供クラブが主催した、「ミックスペーパーとガンバレ日本」のポスター展の
  作品を展示した。
 ・そして入り口の細工となる。
   ・平成3年は、入り口に門構えを作らず、小さな棚を作ってそこに小品の活け花や菊・盆栽
    などを飾り、天井から紅葉の木を吊るした程度であった。
   ・平成5年は、入り口に木枠を組み、それにソーメン流しで使った、竹を塀のように取り付け、
    そこへ赤い実のびっしりついたピラカンサスの木を飾ったり、天井にはキウイの実がつ
    いた蔓を吊り下げたりとかなり大掛りなものになった。
   ・平成7年は、やはり天井まで格子状の門構えを作りこんだ。
    そして、白い布で覆い、大きな実のついた柚、柿そしてススキなどを配し、天井には紫の
    実のついた草を吊るしたり、壊れたエレキギターをくっつけたり、クリスマスのチャカチャカ
    する電球まで配線して飾りつけた。
    左右の足元には自治会員が明野で作った大根を一面に並べて取り付けたり、サツマイモ
    を蔓のまま配したりと、凝りに凝った入り口となった。
   ・平成9年は、前回ほど凝らなかったが、どこかのパーティー会場から持ってきた、黒いビニ
    ールに星が書かれたベニヤ板を利用して、電飾で賑やかな飾りつけをおこなった。
   ・今回は、誰かが「入口はやっばりアーチだべ」の一言で、大長老がスナップのような細工を
    施し、女性部に緊急に紅白の花を作らせて、門柱には紅葉の造花を取り付け、アクセント
    に柚を飾るというものになった。
    なお、入口にはプログラム置き場が必要ということで、急遽この置き台を作成し、これまた
    いつものおっつけ大工の門構えを作り上げた。

大長老がアーチを作る。
角材に7センチ位の間隔で
切り込みを入れ、切れない
ように折っていって丸く形
を作る。
長年の経験からあっと言う
間のアーチ門が出来る。

これらの細工は数人で、角材と鋸とインパクトドライバーだけで仕上げられる。
その一人にごんじぃも入っている(そろそろ引退か)。
設計図はない。 
その場で「ここに柱を立て、アーチは角材に切れ目をいれて丸く仕上げるべ」と、手振りと会
話だけでのおっつけ大工なのである。

まあ、細い角材で切るのは簡単だし、ネジ釘をインパクトドライバーで止めていくだけだから、
それほど負担はかからないが、これがトンカチを使って普通の釘で仕上げるとなると、翌日に
は手首が痛くて大変なことになると思う。
しかし自治会館の柱や梁は穴だらけになってしまった。

大看板や1階の案内板、芸能演目のプログラム、そして各作品の出品者の名前札などは、毎
回筆字で書く。作品が多いためその手間たるや半端ではない。
字面が違わないようにするためたった一人で書きあげる。
 ・作品は南側の壁に絵画などを展示する。
  西側の黒い紙ボードの部分は書道の作品。
  南側と西側の机の上に細工物の作品を並べる。
 ・出品者の名札は洗濯ばさみ2個を使って立てる。

最後に、スピーカーやマイクをセッティングして、二階部分の準備が出来上がる。

出品者一人一人の名札を書いて、これを選択バサミ2個で立てる。
お花を生ける人、自分の作品ヲディスプレイする人、ポスター展のポスターを吊り下げられるよう細工を
する人、書道や絵画を吊る人などで会場はごったがえす。

小広場と一階の設営も簡単ではない。
 ・まず雨が降ってもいいように小広場にはテントを二張り作る。
 ・その中に大きな机を4列に並べ、イスも並べる。
 ・東側奥の方に、豚汁用のガスコンロと大なべを用意する。
 ・二階会場への階段や、その入り口やテントの足などにも、柚や柿などを括り付け、秋の実り
  の雰囲気をだす。
 ・翌日無料配布する、自治会員が作った浅野大根が明野村から運びこまれ、これを一本一本
  ビニール袋に入れる。
 ・お茶室は一階西側の部屋に設える。
  部屋を片づけ、余分なものは東側の部屋へ移し、三方を紅白のテープで囲う。
  茶器は翌日セットされる。

後は一通りの作品を展示し、これで前日の準備がほぼ整う。
手分けをして進めるが、なかなか大変な作業なのである。

小さなスナップで申し訳ないが、出品作品を一通り見ていただこう
いかがでしょう。実に多種多様の
作品である。
下は子供クラブの会員による「ミッ
クスペーパーとガンバレ日本」の
出品ポスターである。

文化祭当日は、午前中が展示会と農産物即売会、午後が芸能発表会となる。
 ・朝一、テント脇のガスコンロに火を入れ、大釜にお湯を沸かすことから始まる。

 ・女性部により一階流しを中心に、豚汁と100個以上のお握り作りが行われる。
 ・一方ではお抹茶の準備。
書けばこれだけだけど、その手間と労力は簡単なものではない。

岩窪農事組合員の方々が、それぞれ自慢の農産物を運んでくる。
 ・柿・柚・銀杏・コシヒカリなどなど。
 ・今年は2kgの袋のコシヒカリだけで100kg近く持ち込まれた。
 ・これに加え無料提供される、自治会員が作った明野産の大根が200本以上持ち込まれる。
  日曜日午前中だけのお点前となるが、お茶菓子・お抹茶の用意は全て女性軍が対応する

文化祭当日の朝になると農事組合員それぞれ自慢の農産物を持ち込んでくる。
 ・柿・柚・銀杏・うるち米そしてコシヒカリなどなど。
 ・今年は2kgの袋のコシヒカリだけで100kg近く持ち込まれた。
 ・これに加え無料提供される、明野産の大根が200本以上持ち込まれる。
  日曜日午前中だけのお点前となるが、お茶菓子・お抹茶の用意は全て女性軍が対応する。 

豚汁具の仕込み。外では男の役員が大鍋で具を炒める。
農産物即売会の用意も始まる。山に積まれた柿、ネギやじゃがいも、柚にギンナンにかぼちや、そし
て岩窪特産コシヒカリなどなど。
その他丹精込めた鑑賞菊が茶室入口に並べられる。

一方では、子供クラブ会長と自治会長・副会長によりポスター展の審査が行われた。

少々見難いが、金色のメダルが最優秀賞。赤いメダルが優秀賞。
この表彰は11月の組長会議の席で行われた。 


農事組合員が農産物の値段を付けたり、役員が一斉放送をかけたり、会場のマイクのテストを
したり、酒の用意まで整えているうちに、開始時刻の10時が近づく。
気の早い人は、開始前に農産物を買いにやってくる。
10時きっかりに階段下で自治会長の文化祭開会挨拶に続いてテープカットが行われ、本番開
始となる。
入れ替わり立ち代り、隣近所で誘い合わせて来る人、用事のついでに寄っていく人など途切れ
なく人々が訪れる。

そして、帰りしなに豚汁を味わう人。熱燗や焼酎を一杯やりながら談笑にふける人。農産物を
大量に買い込む人もいる。
お昼前に農産物は全て売りつくしてしまった。
役員達は豚汁とお握りで昼飯を適当に済ます。

階段入口でテープカット。
自治会館前のT字路には、交通安
全協会員が立つ。
展示品を見る人、農産物を買う人、
豚汁やお握りを食べる人、そして一
杯引っかける人、お茶室でお茶を
たしなむ人もいる。
豚汁とお握りは余ることなく完食。
農産物も売り切れとなり、スナップ
のように現金の山??? 

 
午後からの芸能発表は、もともと狭いところに展示物を並べてあるので、観客はほぼ満員状態
となる。
文化部役員の司会で、舞踊や大正琴などの日頃の成果が発表される。
場所が狭いため、熱気がむんむんする。
岩窪では、昔から舞踊好きの女性が多く、いろいろな行事に参加されておられるが、自治会館
二階の舞台は狭く、思い切った動きはとりにくい。
しかし慣れたもので大変上手く踊りこなす。
大正琴も息の合った演奏でみんなが聞きほれる。 
前回はごんじぃもエレキ仲間と二人で、ベンチャーズをテケテケとやったが、今回は処々忙しく
練習時間がとれなくて参加できなかった。

観客の熱気でムンムンする中、会
長文化部長の挨拶があり、芸能発
表へと移る。
皮切りは民舞会による花笠音頭。
以下、演歌に併せた踊りが3組(個
人が二人)、民謡、詩吟、3B体操、
一人人形芝居、大正琴アンサンブ
ル、銭太鼓、和太鼓と12演目が発
表された。
最後は文化部一同の御礼の後、万
歳三唱で締めくくられた。

この芸能発表が始まると、1階の広場ではテントなどの片付けが併行して行われる。
慣れた手つきであっという間に片付いてしまう。
二階の片付けは芸能発表が終わってからとなる。
展示された作品をそれぞれお持ち帰りいただいたあとは、角材などの下ごしらえをバラし、一階
に下ろした備品などを持ち上げて、全て元通りにする。
ただ、入口だけは組長さん達に見せるため、自治会館大掃除のとき取り壊すことになる。

 
それが終わると関係者だけの反省会。 
そんなこんなの大騒ぎで二日間はあっと言う間に終わってしまった。

私的な余談だが、数え切れないほどの階段の上り下りによる影響か、ふくらはぎが痙攣したあと
のような痛みが翌日から三日ほど続いた・・・・やはり年には勝てない。



   
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 2011年国際交流会館餅つき大会

岩窪自治会の中には国立大学法人の山梨大学に関連する施設もある。
学生寮の芙蓉寮、国際交流会館、クリーンエネルギー研究センターなどである。
この中の国際交流会館(正式には甲府国際交流会館)は、外国人留学生の寮として、単身室31
室、夫婦室1室、家族室1室の規模の3階建の施設で、ヨーロツパを始めアメリカや中国などの
国々からの留学生が生活している。

近年この国際交流会館において、岩窪地域住民と留学生の交流と、お互いの文化の相互理解
を目的として、日本家庭の年末行事である餅つき大会が行われている。
これは、山梨大学からの要請で始められた行事で、当初は国際交流会館のある、岩窪10組の
住民が協力する形で始まったものであるが、現在は自治会行事の一つとして大々的に協力する
形となった。

留学は1年間なので留学生は毎年替わり、今回は中国・インド・ベトナム・マレーシア・ウズベキ
スタン・オーストラリア・イギリス・ネパール・インドネシアの9カ国の留学生達が参加した。

主催者は山梨大学であり、会場は国際交流会館の広場となる。
もち米はふかされたものを大学側で用意するが、臼や杵は自治会が用意する。
搗きあがった餅は大根おろし醤油、あんこ、ゴマ餡の三種類の味付けで食べるようにするため、
女性部・食推委員が中心となってこれらを用意する。
一方留学生達はそれぞれのお国自慢の料理を作って振舞う。
留学生達は多少日本語が判るが、英語で餅つきの方法を説明できる自治会役員は皆無なので、
結局はやって見せるのが一番ということになる。

餅つきの後は、お互いの料理を食べながら交流を深め、その後ちょっとした日本芸能を披露す
る。今回は岩窪獅子舞と岩窪音頭による盆踊りとなった。

ではスナップを交えながら紹介する。

まずは臼を二つ用意する。
臼は自治会員からお借りするのだ
が、一つは木の臼だが、もう一つ
はなんと石の臼だ。
これが半端ではなく重い。軽四の
トラックに4人がかりでやっと積み
下ろしができる代物である。
広場を半分囲むように会館側で机
を配置し、ここに搗いた餅を処理す
る場、学生達の料理を並べる場、
放送設備などが準備される。
臼を広場の中央に二つ用意する。
女性部はまず大根おろしを作り始
め、留学生達も三々五々、自分の
国の料理を作って持ってくる。
ふかしあがったもち米が届いたと
ころで、会館側の司会で餅つき大
会が始まる。
まずは、自治会員がもち米を練り上
げ、そして餅をついてみせる。
慣れないと危険な部分もあるため、
身振り手振りで安全なつき方を説
明する。
ある程度のところで留学生達に餅
をついてもらう。
手返しについても説明しながら体
験してもらう。
つきあがった餅は一口大に丸めら
れ、おろし醤油・あんこ・ゴマ餡で
和えて、みんなに振舞われる。 

お国自慢の料理が並べられる。
スナップのように、日本でもポピュラーな料理もあるが、やはり本場もの一味違う味わいがある。 
お国料理は集まってきた地域の方
々にはかなり好評で、あっと言う間
になくなってしまう。
餅つきの後は、獅子舞や盆踊りが
行われるので、臼を綺麗に洗い片
付ける。 
岩窪獅子舞保存会が獅子舞を披露する。
これは本当に日本独特のもので、留学生の中には初めて見た人もいると思う。
その後は自治会員と留学生全員が輪を作り、岩窪音頭を踊る。
パターンを覚えてしまえば以外に簡単なので、最後にはかなり上手く踊れる留学生もいた。
 

以上簡単な報告だが、こんな国際交流行事まである岩窪自治会の奥深さを是非知ってほしい。

   
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 2012年岩窪自治会新年互礼会

岩窪自治会の新年は、まずここに紹介する互礼会から始まる。
これは、岩窪に古くからある八雲神社で執り行われる。
八雲さんは地域の守り神であり、岩窪に二ヶ所ある道祖神さんより上に位置するようである。
この当りの歴史は、ごんじぃもよく知らないのでここでは割愛させてもらう。
そのうちにこのページを見た地域のご長老から、なんらかのご意見があると期待したい。

今回ごんじぃがこの互礼会に出て、あるご長老と雑談した中で仕入れた歴史を、忘れないよう
書き留めておく。

 一つ 八雲さんの社は二ヶ所あり、その一つは岩窪から甲府の方へ下がった自治会にある。
     本家はここ岩窪の八雲さんだが、現在は下の社の方がお祭りも盛大に行われている
     ようであり、本家の方がさびれている現状。
 一つ 八雲さんには紋がある。(どこにも書かれたり飾られたりしていないが)
     その紋はキュウリを横に切った、切り口からきているという。
     だから、夏祭りの時にキュウリを捧げるのだそうだ。 

    社の中

ご神体などはないが、
お神輿が納められて
いる。


さて、互礼会を簡単に紹介しよう。

●準備
 暮の30日に自治会長をトップに役員だけで、八雲さんの互礼会準備をする。
 苦日飾り(29日)はダメ。一夜飾り(31日)はダメということで、どうしても30日になる。
 ごんじぃも自宅の神棚のお飾りをしてから集合した。
 門松を作るところまでの凝り方はしないが、松竹梅と赤い実をつけた南天を社の柱に縛りつ
 ける。
 それらの材料はみんな自治会の方が寄付してくれる。
 なんでも凝りたがる岩窪自治会としては、結構あっさりとした門松である。
 自治会館にも同じ門松をくくりつける。
 後は社の庭に大きな穴を掘って、焚き火ができるようにしたり、薪を運びこんだりして終わり。

●互礼会
 朝7時半に集合し、まず暖をとるための焚き火に火をつける。
 文化部の女性役員が甘酒や簡単なおつまみなんかを用意する。
 お神酒の入った樽も用意される。
 そのうちには正月早々暇な・・・いや失礼・・・今年一年の幸を祈念するため、三々五々、皆
 さんが集まってくる。
 
 8時15分過ぎに東の愛宕山から朝日が昇る。
 これを見越して初祈願をするため、司会者が互礼会の開始を告げる。
 まずは自治会長が岩窪自治会を代表して社の前に進み、一同揃って二礼・二拍手・一礼を
 する。
 続いて自治会長・老人クラブ会長などの新年のご挨拶をいただき、菰樽のフタを割る。
 ここでちょうど東の山に朝日が昇り始めてくる。
 司会者の流れるような進行が光る。

 ごんじぃの写真では今一迫力がないが、山の頂の一点が急激に明るくなる。
 まずこのご来光に向かい全員で万歳。
 そしてお神酒が配られ、朝日を浴びながらのしばしの談笑となる。

ここまでの一連の動きが下の写真である。雰囲気は掴んでいただけると思う。

日の出の時間は8時15分頃
日の出と同時に乾杯。
万歳三唱の年もあった。

     とりあえず一段落    岩窪自治会行事の目次へ戻る 

    
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2012年岩窪自治会どんど焼き

毎年恒例行事の岩窪自治会どんど焼き。
場所は自治会の北東にある、甲府市が管理する北部幼児教育センターの広場をお借りする。
本来なら1月14日(小正月)の実施となるのだが、準備が大変で一日ではやりきれない。
会社勤めをしている自治会の役員・組長たちは、とても平日を二日間も休めないので土・日・成
人の日と三日間休日を利用することとなる。
今回は一週間前の日曜に準備、14日に本番、翌日片付けというスケジュールで進められた。

準備と運営は自治会役員が行う。
岩窪の自治会は600軒以上の大所帯であり、これを23組に分けて自治会活動を行っている。
自治会には会長や副会長・事務局などの執行役員と、文化・体育・環境衛生・防災設備・女性
部などの執行機関があり、各組の組長まで含めると50人以上の役員の数となる。
これらの役員が一同に会し、ボランティアでいろんな行事を行っている。
特にどんど焼きは、最大の自治会行事といっても言い大掛りなものだから役員も大変である。

最新の2012年のどんど焼きについて、行事伝承の観点から、特に準備の部分を詳細に記述
する。岩窪自治会以外の地域の方にはつまらないかもしれないが・・・・
これからの報告はあくまでも、ごんじぃの視点から見た、ごんじぃの感じた、独断と偏見に満ち
たものである。
関係者によっては、睨み付ける方がいるかもしれないが、まあご愛嬌ということで・・・・・

● まずはうんちく・・・・どんど焼き

どんど焼きは平安時代に中国から伝わった行事だそうで、正月が明けた1月14日頃に、正月
のしめ飾りや破魔矢、お供えもの、書初め、前の年のお札や熊手などの縁起物を焼く行事だ
という。
これらを焼いた火と煙が空に立ち昇り、お正月に家々に降りていらした年神様が、この火勢に乗
って天にお帰りになると言われている。
地方によって「どんどん焼き」とか「左義長(さぎちょう)」とか、いろいろな呼び方があるようだし、
行事の内容もいろいろあるらしい。
竹などを円柱や円錐の形のヤグラに組んで、藁などで覆い、火を放つのが一般的みたいだ。


どんど焼きは日本各地でいろいろな形で行われている行事で、道祖神と深く関わっている。
また、「火」は古代から敬怖した存在であり、その威力に神の力を信じてきたので、どんど焼き
の火で、柳の枝や竹串に突き刺しただんごを焼いて食べると、風邪をひかない、虫歯にならな
い、一年を無病息災で過ごすことができる、習字が上手になるなどの言い習わしがある。
つまりは、家と子供の幸せを念ずる行事のようである。
そして、正月飾りを燃やすという行為から、神様を空に送る、つまり「正月の神様」が空に帰って
いくという意味もあるようだ。


さらに、繭玉状のだんごを焼いて食べるという行為には、昔の重要な換金生業であった「養蚕」
の繁盛を祈願する行事としての意味もあるとのこと。

そして、どんど焼きをする場所に「おやなぎ」「おやま」などと呼ばれる、竹の枝に色紙をはさんだ
り、貼り付けたりして飾り付けを行う所もある。
この他、獅子舞が各家庭を巡り、無病息災を願い、新築や新婚の家の家内繁盛を願う場合も
ある。
有名なところでは野沢温泉の道祖神祭りが、大型のヤナギとチョーヤを作っている。
以上はネットで調べたもので、受け売りではあるが、ごんじぃのうんちくに加えている。



● 岩窪のどんど焼きとは

岩窪のどんど焼きは、これらのやり方を全て総括した形で行われている。
まずは火を燃やす櫓であるが、これを
「チョーヤ」(祠(ほこら)とも言う)と呼んでいる。
竹で作った釣鐘型の骨組を藁で覆い、その上を更に杉の枝で覆う。
中心には一本の竹を立て、このてっぺんに達磨を、その下に武田信玄ゆかりの武田菱を模っ
た飾りをつける。
チョーヤの南側に小さな入り口を設け、ここから正月飾りや、去年のお札などを中に入れる。
更にこのチョーヤを囲んで四方に竹を立て、注連縄を張り、注連飾りを付ける。


そして
「ヤナギ」(お梁(おやなぎ)とも言う)と呼ばれる飾りを立てる。
長さ8メートル弱の割った竹に、五色の色紙を貼り付けたものを24本用意し、これを10メー
トルの柱にくくり付け、柳のように八方に垂らす。上部には注連縄で六角形を模った飾りをつけ
る。
これが真っ直ぐに立ち上がった姿は壮観である。


次に
だんご
白・赤・緑・黄の四色の、米の粉で作っただんごをからたちなどの枝に刺し、どんど焼きの会場
に飾る。
また、だんごを竹串にさし、これをチョーヤを燃やした火で焼いて食べ、一年間の無病息災を
願う。

最後に最も重要なのが
獅子舞の奉納である。
岩窪には獅子舞保存会なるものがあり、毎年猛練習を行ってこのどんど焼きの日に、自治会
内の家庭に獅子の舞い込みを行う。
自治会内の二箇所の道祖神への奉納舞を皮切りに、お昼頃から自治会内を巡る。
どんど焼きが始まる前に、一度チョーヤの前に戻り、ここで一連の獅子舞を奉納する。
どんど焼きが一段落すると、また町内巡りとなり、夜7時頃まで獅子が舞い続ける。


ごんじぃは子供のころ岩窪には住んでいなかった。
同じ山梨ではあったが、ごんじぃのいた地域では、どんど焼きは子供クラブの行事だった。
子供達が小さなチョーヤを作り、だんごは赤・白のものを各家庭で作って持ってきて、これを焼
いて食べていた。
父兄や地域の役員さん達は、バックアップ的に大人しか出来ない部分を手伝う程度の行事だ
った。
しかし・・・・・岩窪では完全に大人が仕切る行事である。
子供クラブも確かに参加して、ヤナギの飾り作りやだんご作りをしてくれるが、チョーヤやヤナ
ギは大人でなければ作れない大規模なものである。

地域の伝統行事としてどんど焼きは、後世にも引き続けてもらいたい行事ではあるが、本来は
焼いただんごを食べて、一年間かぜをひかない、虫歯にならない、習字が上手くなるなどの子
供に関わるものなのである。
だから子供達が自分達で作り上げる行事だと思うのだが・・・・・

岩窪のどんど焼きについては、「岩窪の獅子舞と道祖神祭り」という文書を獅子舞保存会が作っ
ているので、簡単に紹介しておく(多少脚色している)。
  ・小正月14日の朝から岩窪集落の人々が庄屋に集まり、道祖神の場所を清め、注連縄を
   張り、チョーヤを作り、ヤナギを立て、獅子頭などを飾って準備をする。
  ・夕方、チョーヤに正月飾りなどを入れて燃やし、神様を呼ぶ。
  ・子供達は燃え上がる火に書き初めを入れ、これが高く燃え上がっていくと上手になると喜び
   あう。
  ・またこの火で、もちばな・まゆだまなどのだんごを焼き、みんなで分け合い、風邪をひかない
   虫歯にならないと楽しく遊ぶ。
  ・獅子舞は集落の家々を、悪魔祓い・五穀豊穣・幸福祈願のため門舞をして廻る。
  ・子供達は大きなザルを担ぎ、獅子舞の後に続き、お供物・おひねりなどを入れてもらう。
  ・どんど焼きの後は庄屋の大座敷で、新年を祝い無礼講の酒宴が行われ、獅子舞が悪魔祓
   いや二人舞、剣の舞などを披露しながら一夜を過ごす。
  ・翌15日は子供達が庄屋に集まり、炊き込みごはんやお供物のお菓子・みかんなどを食べ
   たりもらったりして楽しく過ごした。

では
以下に現在の岩窪どんど焼きについて、項目に分けて紹介する。
ここでは、どのように作製し、行動するかを後人に伝承する目的で書いていく。
結構まめにスナップを付けてあるので、感じはつかめるとは思うが、小さいスナップばかりなの
で、細かいところは判りにくいかもしれないがあしからず。

岩窪のどんど焼きは、次のように大きく五つに分けられる。
  第一のコース チョーヤ作り 
  第二のコース ヤナギ作り
  第三のコース だんご作りとだんご刺し
  第四のコース 道祖神祭りと獅子舞
  第五のコース どんど焼き
このなかでチョーヤとヤナギ作りは同時進行、道祖神祭りと獅子舞はだんご刺し以降の行程と
ラップした動きとなる。

●第一のコース チョーヤ作り

スナップの上側に説明文を配置しているので、少しは判り易いと思う。

まずは当日前に買っておくもの。
1.5メートルの丸い棒杭1本(チョーヤの芯)、50センチの角杭12本(チョーヤの骨組の固定と四
隅に立てる笹竹の固定用)、なまし番線20本程度(頑丈な固定する部分用)、8番線1巻(簡易な固
定用)、太い縄1巻(ヤナギの固定、チョーヤの藁、中心の竹の固定用)、細い縄1巻(ヤナギ上部
の固定用、注連縄用)、注連飾り(大神)40垂程度。
そして色紙(ヤナギのお飾り用。市販の色紙では小さく裏が白いため使えない。専門店に行く)。

また、孟宗竹を10本ほど事前に切り出しておく。これを割ってヤナギと、チョーヤの骨組に使う。
当日には葉のついた孟宗竹1本(7メートル以上のもの)、真竹4本(3メートル程度のもの)を切り
出す。

当日集める材料があるため、作業開始前全員集合し、監督の指名と役割分担を行う。
ヤナギ用柱を運ぶ係、杉の葉・藁を採りに行く係、葉のついた孟宗竹を採りにいく係、竹を割り養生
をする係、チョーヤを作る係などに振り分ける。、

下のスナップ写真に丸い鉄が見えると思う。
これは中に8個の刃がついていて、丸い竹を一気に八つに割る道具である。
以前は大きい方の六等分にするものを使っていたが、ヤナギの仕上がりが細くて綺麗ということか
ら、現在は小さい方の八等分のものを使っている。
この竹を割る道具、山梨のホームセンターには大概置いてある。土地柄だろうか。
スナップのように竹の切り口にこの道具を当て、反対側の切り口を壁などで固定し、軽く叩いて案
内の切込みをつけたら、後は一気呵成に割っていく。見事に八等分される(たまに失敗もあるがご
愛嬌)。
この割った竹で、ヤナギの垂れを24本とチョーヤの骨組みを作る。
だから竹は4〜5本くらい割る必要がある。
ヤナギの垂れに使う竹は、太さが揃い、しなり方が同じものを24本選び7.5メートルの長さに揃
える。
この選んだ竹は節を削り取り、ささくれなども無くすよう1本1本養生する。
垂れに選ばれなかった竹は、チョーヤの骨組や武田菱の製作に使う。
ヤナギとチョーヤは別々の監督の元で、併行して作業が進められる。

チョーヤは、まずグランドの何処に作るかを監督が決める。
全てが炎につつまれるため、飛び火などに気を配りながらの位置決めが必要。
場所が決まったら中心に大杭を一本立てる。
この杭に、ダルマをつけた長い中心の竹を固定するので、しっかり打ち込んでおく必要がある。

大杭を中心に半径1メートルの円を書く。
この円を8等分した点に小杭を打ち込んでいくのだが、八角形の一辺は真南に位置取らなければ
ならない。この一辺がチョーヤの入口になる。
一辺はおおよそ80センチとなるが、丸い骨組みを作るだけなので正確さは不用。
八角形のそれぞれの頂点に小杭を8本打ち込む。
杭を打つには、案内穴を空ける鉄の杭があるのでこれを利用する。
骨組用の竹は、ヤナギの垂れとして使えなかったもので十分で、気をつけて扱えば、節やささくれ
はそのままで仕事は出来る。
骨組の縦部分の竹は、5.2メートルのものを4本用意し、釣鐘状に作る
また横部分の竹は円を作るので、円周は6.3メートル程度だから、これ以上の長さのものを4本
用意すればよい。

骨組を作る前に、まず中心にダルマを取り付けた孟宗竹を括りつけなければならない。
達磨は円光院から、去年使われた両目の入ったものを貰ってくる(赤・白一つづ)。
葉の付いた孟宗竹は当日切り出す。
竹の先はダルマの重さに耐えられない部分を切り落とし、そこからダルマの高さ分の枝を掃う。
またダルマの下は、葉の付いた枝が必要なので、2メートル程度枝を残す。
その下の方はまた枝を落としてしまう。
赤いダルマの天辺に穴を空け、竹の先から挿し込み、ずり落ちたり、向きが変わらないよう固定
させる。
ダルマを取り付けたら竹を立ち上げ、大杭に固定する。
この時、ダルマは真南を向いていなければならない。

併行して1メートルに切り揃えた竹を6本用意し、武田菱を作成する。

チョーヤの外側には一辺6メートルの正方形(このうち一辺は南に位置取る)を描き、この四隅に
小杭を打ち込んで、中心の竹が倒れないよう縄で引っ張り合えるようにする。
中心の竹に、
その縄を取り付ける固定部分を、番線を使って作る。
ついでに武田菱の取り付けも出来るようにしておく。
この上部の縄の固定部分に、ある程度の長さを確保した太い縄を4本取り付けておく。
中心の竹を立ててからこれらをやろうとすると、かなり高い部分での作業になるので、脚立をしっ
かり押さえている必要がある。

できればこれらの作業は竹を立てる前にやっておけばいいと思う。
中心の竹が立ち上がったら、次に骨組の作成になる。

8本打ち込んだ小杭の、それぞれ対角の杭を使って、5.2メートルに揃えた竹を釣鐘型に取り
付ける。
これが骨組の縦の桟になる。4本の竹が綺麗な釣鐘状になるよう調整して頂点を中心の竹に括
りつける。
地面のすぐ上を、南側の一辺を空けて、横の桟となる竹を丸く取り付けていく。
その上の横桟は、藁を引っかけてみて、下の竹を隠して吊るせるよう高さを決めながら取り付
ける。
横の桟は5段となる(だいたい33センチくらいの間隔)。
なお真南の一辺はチョーヤの入口となるので、下から2番目も横の桟で塞がない。
これで骨組の完成である。


武田菱は一辺1メートルの竹6本で菱形の格子を作り、それに藁を巻くように縛っていく。

釣鐘型の骨組が出来上がると、横桟に藁を引っかけていく。
この藁は自治会員が作ったお米の稲藁をもらってくる。
ここでは5段に取り付けられた。
真南には各家庭の正月飾りなどを入れられるように、入口を空けておく。
天辺だけ(5段目)は藁の先が上に向くように置く。
骨組を藁で全て覆ったら、藁が動かないように太縄で桟に簡単に固定していく。
余った藁はチョーヤの中に放り込む。
その他、残った竹や、藁葛なども入れてしまう
この頃になると杉の葉を採りにいったトラックが帰ってくるし、武田菱も完成間近となる。
白いダルマは武田菱の下に取り付けるため、小穴を空けて縄を取り付け、チョーヤの上に縛り付
けられるようにする。

武田菱は辺々に注連飾りを付け、真南に向けて取り付ける。
その下に白いダルマを取り付ける。
杉は、過去には全面を覆ったこともあったが、最近は取れる杉の枝が少なくなり、大体上部だけ覆
って帽子のように仕上げるようになった。
この杉の葉が燃えるときに白い煙を出す。
この煙に乗って神様達がお帰りになるため、重要な材料なのだ。
本来はここまででチョーヤは出来上りとなるが、自治会員がチョーヤに入れるため持ってきたダル
マや、自治会館・八雲神社に飾った松飾りなどを、お飾りとして適当に取り付けて賑やかにする。
数年前からはごんじぃが入口に、竹で鳥居を形作って取り付けている。

最後はチョーヤの外側に一辺6メートルの正方形を描き、四隅に小杭を打ち込む。
このうち一辺は真南に位置取る。
この杭に葉のついた3メートル程度の真竹を立てる。
竹は高さを揃え、下から2メートルは枝を落とし、上部だけに葉のついた枝があるようにする。
チョーヤの真ん中に立つダルマを付けた竹が、真っ直ぐに立つよう、この竹に付けておいた縄を
四方の小杭から引っ張りあう。
また、四方の竹を注連縄で渡し、一辺毎に4垂の注連飾りを付けて仕上げる。
これでチョーヤが完成する。

ちょっと一息
ごんじぃのチョーヤ作りは、これで7回目の経験となる。

そうはいってもこの手の作業には慣れないものだから、杭打ちで大槌を振ったはいいものの、杭
の頭にうまく当たらない。当たれば当たったで今度は手が痺れる。
となれば当然翌日(以降数日間)は筋肉痛で「あ痛ててて」・・・・・年々これが酷くなってきた。

岩窪の自治会はご長老が多い。(ごんじぃより年上はみんなご長老である)
ということはご意見番が多いということで、言われることには絶対服従である。
その指摘が、これまでのやり方・作り方と違っても、従わざるを得ない・・・・
脱線として、
チョーヤ作りで過去にあった変な問答を書いてみる

  ・武田菱はこれまでごんじぃが作ってきたが、仕上げの方法でいろいろ・・・・
    前の年に紅白のテープを巻けと言われたので、またそうしようとしたら、あるご長老が
    来て、
       「藁で巻け」・・・・・
    次の年は藁で巻いていたら、前の年と違うご長老がきて、
       「武田菱は紅白にするもんだ」・・・・・
    その次の年はというと。

      長老A  「去年は武田菱を紅白の布で巻いて作っていたから、今年も巻け」
      ごんじぃ 「それ結構面倒くさいからイヤダ」
      長老A  「わしの言うことが聞けないか」
      ごんじぃ 「燃してしまうんだから、なんだっていいじゃないですか」
      長老A  「縁起が良いんだからヤレ」
      ごんじぃ 「あ、残念、紅白の布が無い。スミマセン長老が用意してくれますか」
      長老A  「そんな面倒くさいことなら、しなくていい」
      ごんじぃ ??????

  ・藁のかけ方にも一言。
      「藁を掛けるときは内側の束を少なく、外側を多くするのだ」
      確かにこの方がこんもりと見えるし、藁の節約にもなる。
      年寄りの言うことは聞くもんである・・・・


  ・チョーヤの仕上げ方も、過去結構意見が分かれ、ある年には、
     最長老  「チョーヤは藁だけの方が良く見える、杉はいらない」
     一同   「へへぇ」
     ということで、杉で覆わず作業が終わると別の長老が来て、 
     長老B  「なんでチョーヤを杉で覆わないの」
     ごんじぃ 「いや、最長老の一言で藁だけで仕上げることに」
     長老B  「藁だけだと、あっと言う間に燃え上がって、チョーヤの中身が燃え残る
           のだ」
     ごんじぃ 「そうですか。でも杉はチョーヤの中に入れてしまったんで」
     長老B  「出しゃいいじゃないのよ」
     ごんじぃ 「おいらは花粉症なんで勘弁してくださいよ、ご長老が出してくれますか」
     長老B  「わしも花粉症なのでヤダ」
     ごんじぃ ・・・・・・・・
       (採ってきた杉には、既に黄色くなりかけた杉の実がびっしりと着いていたから
        こんな問答になった)

  ・余った竹
     長老X  「切ってきた竹が余った、誰かいるか」
     ごんじぃ 「使いたいところがあるんで、もしよければ私にいただければ」
        と持って帰ろうとすると、違う長老が
     長老Y  「おい爆竹を入れたか」
     ごんじぃ 「中国のお祭りじゃないし。特に爆竹は買ってありません」
     長老Z  「花火じゃない。その孟宗竹を切っていれればいいんだ。いい音がするぞ」
     ごんじぃ 「いやこれは私が貰いたいのですが」
     三長老  「これが本物の爆竹なのだ。いいから切って入れろ」
     ごんじぃ  ・・・・・・・ゴリゴリ(ノコの音)・・・・・・

  ・数年前のこと、ドンド焼きが始まる前、一度家に帰っていたごんじぃ達が再び集まると、
   そこには最長老が一人で、会場の張り番をしてくれていた。
     最長老 「どうだ、今年はオレがここで、本部の張り番をしてやったから、天気の神
           様が風を止めてくれた。いい按配だ」
     若輩A  「ここでお一人で、それは大変だったでしょう」
     最長老 「ウム、ちょっと寒かったから、そこの酒をチビチビやっていたので、なんと
           かなった」
     若輩B 「おい、お神酒用の酒がほとんどないぞ」
     若輩A 「最長老が、寒さしのぎにチビチビやってたとのことで」
     若輩B 「そんなレベルじゃない。チビチビで一升ビンが空になるか」
     最長老 「ウム、そう、もう歩けない・・・・」
     で、若輩Bはブツブツ言いながら自治会館まで替わりの一升ビンを持ちに・・・・

 てな脱線で・・・・

●第二のコース ヤナギ作り

こちらもスナップの上に説明文がある。

ヤナギの垂れを作るには、割った竹のうち肉厚で幅が揃ったものを24本用意し、節を削って養生
する。
竹の長さは7.5メートルに揃える。
紙飾りの作業がしやすいように、机の上に置く。ここまでの用意は男性陣の仕事。
次にこれに五色の紙飾りを、巻きつけるよう貼り付けていく。
色付きの半紙を二つ折にして、スナップのように、暖簾みたいに切り込みを入れる。
この色紙を、竹にハケで糊をつけ、螺旋状に貼り付けていく。
一枚巻き終わったら、色を替える。色の順番は特に決めはなく、適当。
竹の上の方(肉が薄い方)から貼っていき、3.5メートルのところまで貼る。

これは子供クラブの子供達とその父兄(ほとんどがお母さん方)の仕事になっている。
24本を仕上げるには結構大変な手間となる。
なお、道祖神さんに飾るため、高さ1.5メートルの竹に、半分くらいまで飾りを貼り付けた物を4
本作る。

ヤナギの柱は、まず保管場所から運んでくる。10メートル物なので大勢で行く必要がある。
もう一本3メートルくらいの基礎柱、通しボルトも持ってくる。
まずこの基礎柱を立てるが、位置が決まっている。
下のスナップを見て欲しい。北部幼児教育センターグランドの北西にエスロンパイプの穴が作って
ある。
位置は西側の側溝から6.5メートル。北側の側溝から9.75メートル(見難いが両方とも側溝の
上フタに欠けキズをつけてある)の位置を掘るとフタをかぶったエスロンパイプが出てくる。
基礎柱にこの位置寸法が書きとめてある。
このエスロンパイプの穴に基礎柱をはめ込む。多少ガタがあるため、木っ端でクサビを打ち込み、
基礎柱が動かないようしっかり固定させる。

基礎柱とヤナギ柱には通し穴が空いており、この穴を一本のボルトで繋ぎ、支点にしてヤナギ柱
を立ち上げていくのだ。
以前はヤナギ柱の長さは11.3メートルあったが、今回は少し仕事を楽にするため、10メートル
に短く切った。
ただ短くしたことにより、通し穴の位置が多少ズレたため、基礎柱の東側に15センチくらいの穴
を掘る必要が出てきたので留意が必要。

西側は看板の下の側溝フタに印がある

基礎柱に各印からの距離が書いてある

北側はゲートボール場下桜の近辺のフタに印

奥に見えるのがキッズ安全広場の看板

両柱の通し穴を合せるため穴を掘る

奥に見えるのがゲートボール場と桜の木

次はいよいよヤナギ柱に、ヤナギの垂れを取り付けていく作業となる。
ヤナギ垂れを綺麗に丸く広げるのに、直径50センチくらいの鉄の輪を使う。
この輪を柱の天辺から差し入れ、止まるとこるまで差し込む。
鉄の輪は筋交いで四つに分かれるので、四分の一円に6本の垂れを取り付けることになる。
垂れはまず、一本づつ鉄の輪に8番線で固定する。鉄筋を組む道具で器用に締め付ける長老が
いる。
6本の垂れを等間隔に取り付けたら、細い縄を水に浸して、切れにくくかつきつく締め付けられる
ようにした上で、鉄の輪と垂れの竹をがっちりと固定していく。
なお垂れの竹の下側は、なるべく重なりのないように柱に取り付けていく。
この鉄の輪への固定が甘いと、風によって垂れが動いてしまい、折れてしまう原因になる。
半分取り付け終わったら柱ごと半回転させて、残りの垂をの取り付ける。
垂れが折れないよう数本づつ分担して持ち、声を掛け合いながら柱を回す。

24本の垂れを付け終わると、垂れの鉄の輪から下側の処理をする。
スナップのように、下側はなるべく重なりがなく、柱を囲むようにして、番線で二ヶ所を固定する。
次に太縄を水に浸してから、下の方から1メートルくらいまでしっかり締め付けていく。
柱の天辺には杉の枝を取り付ける。
続いて、1メートルと1.2メートルの竹を切り、杉の枝から1メートル程度の部分に、短い方の竹
を柱に十文字に取り付ける。
そこからまた1メートル下に、長い方の竹を十文字に取り付ける。
この2本の竹の先端と柱を、注連縄で六角形の形になるように張り、色紙で作った注連飾りをつ
ける。
これでヤナギの細工が終了となり、いよいよ立ち上げとなる。
立ち上げのためのロープを、引っ張った時に垂れに引っかかったりしないよう考慮し、ギリギリ
の高さの場所に2本しっかり結びつけておく。
次に基礎柱とヤナギ柱の通し穴どうしを、一本のボルトで繋ぐ。
場合によっては、ヤナギ柱を多少回転させる必要があり、大勢で柱の位置を調整しながらボル
トで基礎柱と繋ぐ。
立ち上げは、2本のロープと柱にそれぞれ数名が取り付き、声を掛け合いながら行う。
ロープは北東と北西に分けて引っ張るが、どちらかに偏って引っ張ることのないよう注意する。
このロープの引っ張りに合わせ、柱を序々に押し上げていく。

これまでごんじぃも、この立ち上げに手を出していたが、今回は腰痛のためムリができなかった。
そのため、これまでは撮影できなかった立ち上げの様子を撮ることができた。

今回の立ち上げ直後は、垂れどおしが絡み合ってしまって、下の左上のスナップのように、あち
こちが絡み合ってしまった。
この垂れが八方に広がるようにするため、垂れに仮ロープを付けて、調整できるようにしてあっ
たが、なかなかうまく絡みがとれない。結局は一旦逆側に倒してやっと絡みがとれた。
最後に基礎柱とヤナギ柱をまず番線で締め付け、その後ロープ゜をグルグル巻いて、確実に固定
する。

柱の上の飾りも綺麗に出来上がり、カラフルな注連飾りが風でひらひらと揺れていた。
このヤナギを作るのに、朝8時から午後3時近くまでかかる。大変な作業である。


またまたちょっと息抜きの昔話を・・・・

 ・こんな高さのヤナギは珍しいと思うが、これを作ることに生き甲斐を感じているご長老がお
  られる。
  垂れを取り付ける鉄の輪は、なんとこのご長老が「ヤナギを作るのにちょうどいい」と、何
  処かで拾ってきた廃物利用。今で言うエコを先駆けした。
  しかしこの金具が実に威力を発揮する。
  柱を巻くように24本の垂れを取り付けるが、この金具を使うことで均等に取り付けられる
  と同時に、垂れの竹が折れないようにする役目も果たしている。

 ・このご長老は勉強熱心で、以前にはヤナギ作りのため、文献を漁りまくったとのこと。
  その結果鉄の輪だけでは飽き足らず、竹でもう少し大きめの輪を作り二段構えで垂れを取
  り付けた年があった。
  また、それまで6等分に竹を割っていたものを、8等分で割るようになった。その時の問答、
     ご長老C  「どうだ、今年はうまく開いたろうが」
     ごんじぃ  「いいですねぇ、根元を二段の輪にしたことで、加重がうまく分散されて」
     ご長老C  「そうだろ、わしが本を読み漁ってこの方法にしたのだ」
     ごんじぃ  「そうですか、でもヤナギの竹を細くしたのはなぜですか」
     ご長老C  「太いと真ん中で割れて折れやすくなるから、細くしたのだよ」
     ごんじぃ  「こうなると専門的技術の結集ですねぇ」
     ご長老C  「そうよ、これで飯が食えるわ」
     ごんじぃ  「どこかへ売り込みにいきますか」
     ご長老C  「いやぁ行ってもいいが、特許までは取れんよな」
     ごんじぃ  「なんなんですか、そこまでの自信は・・・・」

 ・ヤナギの天辺の杉の枝を、ある年に笹竹にしてしまったことがあり、ちょっと一もめ、
     ヤナギがすっかり立ち上がってからあるご長老が上を見上げて、
     ご長老D  「天辺は竹ではない、あれは杉だ」
     ごんじぃ  「今更言われましても」
     ご長老D  「だから最初にわしに訊きにくれば良かったのだ」
     ごんじぃ  「まぁ、今年はこれで行きましょう」
     ご長老D  「納得いかん」
     そこへ違うご長老が来て
     ご長老E  「竹の間をスズメが飛ぶということは縁起の良いことなのだ」
     (これに近いことをおっしゃったのだが含蓄の無いごんじぃはよく覚えていない)
     という一言でチョン・・・・

 ・垂れが一度で八方に広がることは、ごんじぃが関わったヤナギではこれまでない。
  数年前の問答・・・
   長老A 「毎年、うまくいったためしがないじゃないか。ちょっとはうまくいく方法を考えてみろ」
   若輩1 「そうは言っても、なかなか」
   長老B 「始めからヤナギの枝のようにしておいて、持ち上げればいいのではないかね」
   若輩1 「クレーンを使わない限り、そんな器用なことはできません」
   長老A 「それを人の手でやるからいいのだ」
   若輩2 「上側の8本くらいを左右に分けて、やってみましょう」
   若輩1 「判った。おいらが左側をやるから、長老A殿、右側を」
   長老A 「いやオレは腰が痛くて・・・・」
   若輩2 「使えませんなぁ」
   しかしこの時から、ヤナギの柱を立ち上げる時、上方にある垂れを数本づつロープで縛っておいて、
   絡まないようする方法がとられるようになった。

 ・今回はこんな問答が、
   長老B 「おい、ヤナギの下を柱に縛る荒縄はどうした」
   若輩3 「すみません、ホームセンターをあちこち探したんですが、ありませんでした」
   長老B 「ないじゃ済まんだろう。どうして縛りゃいいんだ」
   若輩3 「ナイロンロープならありますが」
   長老B 「判ってないなぁ、ナイロンじゃあ滑ってしまって、縛っても動いてしまうのだ」
   若輩3 「でも、それは荒縄でも同じではないですか」
   長老B 「だから、一回水に浸して締めてやるんだ。これで絶対動かない。いいからもう一回
         探しにいってこい」
   とどやされて、あわてて荒縄を買いに飛び出す若輩であった。
   年寄りの含蓄というものは、奥が深い・・・  

ということでここの脱線は終り。

●第三のコース だんごと串作り

こちらもスナップの上に説明文がある。

だんご作りはどんど焼き当日の朝8時から始められる。
まずは先行した役員が、自治会館広場で暖を取るための焚き火を用意する。
また一階・二階のコンロで、やかんやなべでお湯を沸かす。
ガスボンベとガスコンロ、そして鉄のカマドと大なべが用意される。
この鉄カマドと大なべは自治会に2セットあり、非常時の炊き出しなどに使うことができる。
まずは少ない水でお湯を沸かし、なべやフタ、ダンゴを取り出す鉄網などを洗う。
その後、たっぷりの水で本格的にお湯を沸かす。
女性部と食推委員、そして子供クラブの子供達が集まり、会館一階でダンゴ作りが始まる。
だんごの材料は米の粉と食紅のみ
まずは米粉を練り、それを一口大の大きさに丸める。

だんごの色は白・黄・緑・赤の4色。
丸めたものを大なべで茹で上げる。
茹で方の留意事項は、まずお湯が沸騰しているところへだんごを入れること。
そうすると湯温が一気に下がるので、もう一度沸騰してくるまでフタをしておく。
再び沸騰しても、だんごが浮いてくるようになるまで待つ。
たくさんのだんごが湯の中で踊るようになったら、出来上がりのサインなので、だんごを取り出し
て良い。
なおだんごを入れたら、少しかき回してやらないと、なべの底に張り付いたり、だんご同志がくっ
ついてしまう。

このだんご作りと併行した形で、会館二階ではお昼のカレー作りも行われる。
また会館の広場では、焚き火にあたりながら、だんごを刺して飾るからたちの木の剪定が行わ
れる。
以前はグミの木でやっていたが、ネタ切れとなりトゲだらけのからたちの木になった。
からたちのトゲは硬くて針のようだから、トゲの頭を全て切り落としておかないと、子供達のだん
ご刺し作業には危険なので、注意しなければならない。
これと併行して、だんご串用の笹竹を250本程度切り出し、頭を切り落としてだんごが刺せる
よう養生する。
この串作りは、切り出したら幼児教育センターで作業する。

プラスチックの経木箱に軽く米粉を振っておき、この中へ茹で上がっただんごを適量入れて、だん
ごがくっつかないよう、箱を動かしながら米の粉をまぶす。
だんごの量が多すぎるとうまく粉がまぶせなくなる。
一度に茹でるだんごはかなりの量となるので、経木箱は5〜6箱用意しておき、数人で一気に粉
をまぶす。
次のだんごを茹でている間に、経木箱に張り付いた米粉を落としておかないと、次の粉まぶしに
使えなくなるので、面倒でも綺麗にしておく。
会館一階の西側の部屋にブルーシートをひき、その上に大きなビニールを適当に切って並べて
おく。
ビニールを巻いた筒は、自治会館2階の書庫の上に置いてある。
このビニールの上に粉をまぶしただんごを広げ、熱をさます。
だんごはかなりの量となるので、大なべとはいっても何回にも分けて茹でなければならない。
だんごは最初に白、以降は黄・緑・赤の順で茹でていく。
人工着色料を使う場合には、この順序でも色が着きやすいので、一度はお湯を取り替えなけれ
ばならない。
現在は環境を考え、食紅は自然食のものを使っているので、色付きが淡く、お湯は取替えない
でやっている。
茹でるお湯が少なくなったら水を足していけばよい。

11時には獅子舞保存会の方々に昼食を食べてもらえるよう、カレーが出来上がる。
役員の中の保存会のメンバーは、10時半過ぎには作業を止め、着替えにいってもらうようにする。
からたちの剪定が終わったら、この中から道祖神さんへのお飾り用に、小さい枝を4本作り、だん
ごも刺しておく。
だんごを茹でている間に、獅子舞保存会が数人で道祖神さんへのお飾りをする。
しかしだんご飾りだけは、道祖神祭りの際に持っていくようになるので、忘れないこと。
広げただんごが冷めたら、色別にダンボール箱に入れておく。
ここまでで大体11時近くまでかかる。

お昼は、早いが11時からまず獅子舞保存会、そして子供達、そして役員という順番で食べる。
概ね一緒に食べられる。
獅子舞保存会以外の男性役員は、かなり人数が少なくなるため、食事後の段取りについて次の
項目について調整しなければならない。
 ・移動用投光器の受領と、現場セット
 ・食事後子供達は幼児教育センターへ移動し、だんご刺しを行うので、剪定したからたちの枝
  と、だんごを軽トラで運搬
 ・だんごの花飾りのからたちの枝を現地でセッテイング
 ・12時より道祖神祭りが行われるので、大型机1脚と、だんご飾り、お神酒、乾杯用紙コップ
  を、まず上の道祖神さんへ運搬
  残りのお飾りを獅子舞保存会が行い、神事・獅子舞・乾杯が終わったら、下の道祖神さんへ、
  前記の机などを運搬。お祭りが終わったらこれらを自治会館へ持ち帰る
 ・大型の机数脚、獅子舞用ビニールシート、座布団10数枚、放送機材と電源リール、女性部
  が対応する甘酒用なべ、カセットコンロ、みかん、酒類などを幼児教育センターへ運搬
 ・甘酒用・放送用の机のセッティングと放送設備のセット
 ・必要に応じ焚き火用薪の準備
 ・獅子舞用ブルーシートのグランドへのセット
 ・点火用たいまつ7本の準備
 ・チョーヤの点検(一週間作ったままなので、風などで竹が倒れたりする)と修理、注連飾りの飾
  りつけ

などなど僅かな人数でこなさなければならないので、手分けをしながら行動する。

会場に運んだからたちは、朝礼台をヤナギの近くに移動し、ここに大振りの枝を縛り付ける。
グランドの入口の桜の木にも、縛りつける。
このからたちに、子供達が一生懸命だんごを刺す。
このだんごの花飾りをヤナギと呼ぶ地域もあるらしい。
色とりどりのだんごが刺さった姿は、本当に花が咲いたようになる。
この花飾りは、枝を小さく切って、どんど焼きが終わった方々に持ち帰ってもらう。
また、どんど焼きの火で焼いて食べるだんご串を、先を尖らした笹竹を使って250本ほど作る。

チョーヤの廻りの四隅に立てた葉の付いた真竹に、注連縄を張り注連飾りを飾る。
投光器は1台をヤナギに向け、後の2台をチョーヤに向けてセットする。
チョーヤの西側に、獅子舞が出来るようブルーシートを敷き、風で飛ばされないよう釘などで地面
に止める。
女性部は幼児教育センターの厨房を借用して、甘酒を大なべ二つに仕込む。
その他放送設備のセッティング、カセットコンロの風除け、焚き火の用意なども行う。
点火用のタイマツは、ヤナギを作る時に割った竹から、2メートルのものを7本作っておく。
これを当日、先っぽに布の切れ端を巻きつけてタイマツを作り、どんど焼き点火直前に、灯油を
染みこませる。

どんど焼きの火はかなり大きな火となるため、岩窪地域内にある甲府市消防団第7部の消防車
が待機してくれる。
この消防団員により、チョーヤ点火後の火勢の調整とオキ作り、終了後の火の始末が行われる。

このだんご作りでもやはり、ご長老の一言が過去にあった・・・
  ・まずはだんごの色で、  
    ごんじぃ  「だんごは薄く色着いているのが奥ゆかしいですね」
    ご長老F  「何バカ言ってるの、米の粉をまぶすから薄くなるの、だから色はなるべく濃く
            着けるの」
    ごんじぃ  「なるほど、そうすれば出来上がりが薄くなって、奥ゆかしくなるのか」
    ご長老F  「焼けば真っ黒くなるだんごの、どこが奥ゆかしいのさ!」
    ごんじぃ  ・・・・・・・

  ・大なべ用ののガスコンロでも一言があった。
    ガスバーナーのコックは全開しているのに炎が弱く、なかなかお湯が沸騰しない。
    原因はガスボンベの廻りが凍ってしまったためなのだが、誰もこれに気がつかない。
     若輩  「火勢が強くならないなぁ」
    あるご長老がやってくるなり、ボンベにいきなりお湯をかけた。
    その途端、炎の勢いが強くなる。
     長老  「フフン」
    
いろんなご長老がいるものである・・・・・
    ちなみにその翌年には、同じ長老がボンベを叩いて氷を落としていた。どちらもグー。

  ・だんごを茹で終わると、直ぐお湯を捨ててしまおうとする若輩を見て、
    長老  「おい、なべを綺麗にしなきゃダメだろ」
    若輩  「ええ、だから一旦お湯を捨てて」
    長老  「お湯がある内に、なべにこびりついただんごのかすを落とすと簡単にとれるのだ」
    若輩  「そういうもんですか」
    長老  「オレも昔同じことを言われた」
    若輩  「これが口伝というものなんですな」
    長老  「それほど高尚なものじゃない。家でおかんに同じことを言われたよ」
    若輩  「ああ、常識でしたか」
    長老  「オレって常識外れだったのか・・・・・」
    と長老はすねてしまった・・・・

●第四のコース 獅子舞

岩窪の獅子舞は、戦国時代には存在していた集落、「岩窪郷」の武田家家臣で、江戸時代には
庄屋であった深沢家にまつわり、伝承されてきたものだそうである。
その頃は道祖神さんの場所で、チョーヤ(張屋)とヤナギ(お梁)を作り、どんど焼きを行った。
獅子舞は集落の家で「悪魔を払い、五穀豊作と一年の幸福を祈祷」する門舞(かどまい)が行
われ、夜には庄屋の大座敷での無礼講の中、いろいろな獅子舞を舞ったそうだ。

一度は獅子舞の伝承が途絶えたが、現在の獅子舞保存会が再び復活させた。
獅子舞は、門舞と本舞四つの、五つの舞い方が引き継がれているので、以下に紹介する。
  ○門舞(かどまい)   家庭の玄関で処々の魔を祓い清め、家内安全・商売繁盛・無病息
                災を願う舞
  ○本舞(ほんまい)   座敷舞とも言う。前年に結婚・出産・新築など目出度い事のあった
                家庭の座敷で清福を祈る舞で、次の四つがある。
   ・身そそぎの舞    獅子が神の前に出るので諸々の穢れを払い、自身も清める舞
   ・清浄の舞       神によって清められた身で、家や人などの魔厄を祓い清める舞
   ・奉戯(ほうぎ)の舞  短気な神さまなので時々機嫌をうかがう舞
   ・諸納の舞       全ての事が順調に運び、世の中が平安に納まるよう祈る舞
どんど焼きの点火の前にこの全ての舞を奉納する。
ちなみに、平成19年に甲府の岡島ローヤル会館で行われた伊勢神宮祭に、山梨県内の伝統
行事を紹介する機会があり、これに岩窪獅子舞も選ばれ、大勢の方が見物する中、前述の
五つの舞が舞われた。
貴重な機会だったので、ごんじぃの制作・監督・撮影・編集で記録動画を保存した。

では以下にどんど焼きに戻って、獅子舞の部分を紹介する。。

獅子舞保存会の方々は午前11時に集合し、始めに道祖神祭りでの奉納舞、続いて祝儀があっ
たり希望があった家庭を巡り、獅子の舞い込み、どんど焼き開始前にチョーヤの側で奉納舞と続
ける。
その後、残った家庭の舞い込みを続け、最後は自治会館へ戻り占めの舞までかなりの強行軍の
一日となる。
お昼を採る前に、上下の道祖神さんのお飾りもしなければならない。
笹竹を2本立て、短く作ったヤナギの垂れと同じ飾り物を立てる。そこに注連縄を張り、米と塩を
捧げる。
お獅子は二体(岩窪には三体あるのだが、一体はお休み中)、舞に使う刀や鈴、そして一緒に踊
るひょっとこの面や太鼓などを自治会館の舞台に並べる。
ここまで準備をし、全員集合したらお獅子の前でお神酒を捧げてまずお清めを行う。
かなり早いが11時に食事を採り、まずは二ヶ所の道祖神さんに獅子舞を奉納に出かける。

まずは上(北)の道祖神さん(八雲神社の少し北よりにある)に集まる。
だんご花を飾り、獅子頭・御札・御神酒を捧げ、12時からお清めと二礼二拍手の神事が行われ
る。
道祖神祭りの仕切りは獅子舞保存会が行い、神事の後、獅子舞を奉納する。
自治会長などの挨拶の後、御神酒をいただく。

続いて下(南)の道祖神さんへ移動し、上と同様のお祭りが行われる。
こちらは岩窪で最も車の行き来が激しい道路脇に祠があるので、通行する車に注意しながらの奉
納となる。
獅子舞保存会には、可愛い子供達が入っていて、12時に上の道祖神から始まって、各家庭廻
り、そしてどんど焼きの前の奉納舞など、実に5時間も太鼓を敲いて歩いてくれた。
子供にとっては、実に大変なことだったと思う。ただただ感謝するしかない。
各家庭への獅子の舞い込みは下の祠がある家から始まる。
この舞い込みの仕来たりは、古くからあるようだが、正月元
旦に廻る地方もあるようだ。
岩窪では一次中断されていたが、獅子舞保存会が出来てか
ら、どんど焼きにに併せて舞い込みを行うようになった。
基本的には赤ちゃんが生まれた家や、新築した家などで、
事前に希望すれば舞いに来てくれる。
スナップはごんじぃの家での門舞(かどまい)の様子である。
午後4時半には家廻りを一時中断し、どんど焼き会場に集合する。
チョーヤの前での神事の後、獅子舞保存会会長の進行で、獅子舞が奉納される。
前述した踊りの意味などを保存会会長が説明してくれる。
舞は一人舞、二人舞、そしてひょっとこ面の村人と獅子の掛け合いなどのいろいろな舞が奉納さ
れるのである。
どんど焼き会場での獅子舞が終わると、まだ家廻りが残っている場合はまた廻り歩く。
最後は自治会館に戻ってきて、ここで最後の獅子舞を踊り、お獅子を収めて終わりとなる。
実に半日以上に及ぶ獅子舞保存会の長い一日、本当にお疲れ様でした。

この獅子舞の舞い方は千差万別だそうである。
どこかの舞い方を模倣するのではない。岩窪は岩窪なりの舞い方があるという。
決してハデさはない。テレビなどで見る獅子舞のようにやたらに動き回らない。
一つ一つの動作に重みがあり、心が落ち着く舞い方である。

ごんじぃは獅子舞保存会には入っていないので、そこでのご長老達のうんぬんは知らない。
しかし、漏れ聞いた話を一つだけバラしておく。
  ・岩窪の獅子舞は女人禁制だったそうだ。
   しかし今では可愛い女の子が太鼓を敲くために入っている。
   今時、山伏の世界ではなし、女人禁制などと言っていたらセクハラで訴えられる。

●第五のコース どんど焼き

いよいよメインとなるどんど焼き。
獅子舞保存会ではない残った役員達で、前述した会場準備が行われる。
また女性部によって甘酒作り、熱燗の準備、お菓子やみかんの用意なども行われる。

午後4時を過ぎると、みんなが集まってくる。
今回は日暮れ前には風も止み、絶好のどんど焼き日和となった。
しかし季節は冬真っ最中、夕方になると冷え込みが増す。
以前には風が強くて、チョーヤの火の粉で周りの木の枯葉に火がつくのを防止するため、消防団
が事前に周りの木に放水してくれたこともあった。

まずは寒さしのぎとなるよう、チョーヤの北側で焚き火が始まる。
消防団も、消火栓からホースを延ばして準備する。
また、チョーヤの入口前では、護国神社の神主さんにより、神事のためのお供えの棚が設えら
れ、御神酒などが準備される。
女性部が甘酒を用意し、いつでも配れるよう待機する。
そうこうするうちに獅子舞保存会がやってくる。
神事は5時から開始されるが、この頃には暗さも増し、投光器に灯かりが入る。
スナップのように、ヤナギとだんごの花飾りが綺麗に浮かびあがる。
神主さんの合図で厳かに神事が開始される。全員低頭する中御祓いが行われ、祝詞の奉納、榊
の奉納と進む。
         ↑        
 御祓いを受けている時にオーブ
 が飛んでいた。

今回は、わざわざ甲府市長
  が 駆けつけてくださって、
  榊の奉納と簡単な挨拶が
  おこなわれた。
右のスナップ。少々見難いが白く丸い斑点が見えると思う。
よく心霊写真として取り上げられるオーブである。
座敷童が住むと言われる家で、よく撮影されるという話を聞く。
たまたま間違ってシャッターを切ったスナップに写っていた。
チョーヤの脇に飛んでいるということであれば、これから天に
帰られる神々かもしれない。御祓いの時も飛んだ。
オーブは幸せを呼ぶと聞いたことがあるので、今年はきっと
良い年になると思うのはごんじぃの勝手な迷信か・・・・

自治会長挨拶、そして毎年快くどんど焼き会場としてグラウンドをお貸し下さる北部幼児教育セ
ンター所長の挨拶などがあり、みんなでお神酒で乾杯をする。
そして、前述の獅子舞奉納が始まる。
それが終わるといよいよ点火。
自治会長や獅子舞保存会の会長、老人クラブ会長や子供クラブの代表など七つのたいまつによ
り、一斉にチョーヤに火を点ける。
今回、点火する時は無風状態で、チョーヤから真っ直ぐ白い煙が立ち昇り、その後の炎も上へ
上へと燃え上がって、最高のどんど焼きとなった。
中に仕込んだ爆竹もポンポンと良い音を響かせていた。
火勢が治まるまで、だんごの串を持った人達が遠巻きに火を囲む。
消防団員が火をうまくコントロールして、オキの状態にしていく。

消防の「OK」の声で、子供達だけでなく大人も童心に返ったように我先にと、だんごを焼き始める。
ススで真っ黒になっただんごをその場で食べるのが、一番ご利益のある食べ方である。
このススが無病息災の元となるのである。
だんごを美味しそうに食べる人、甘酒を飲む人、熱燗を欲しいとねだる人など、みんな笑顔で今
年の無病息災は確約されたようだ。

花かざりのだんごを、役員が細かく切り分けて、帰る人達に渡す。
一人二人と集まった人達が帰途につき、獅子舞保存会は残りの家の舞い込みに出かける。
最後に会場に残るのは、火の後始末をしてくれる消防団員と、数名の役員と女性部だけとなる。
放送設備などの片付けを行い、自治会館へ運搬する。
こうして今年のどんど焼きがひとまず終了する。

自治会館から運んできたものの運搬が終わると、役員はやっと一段落し、反省会に移行する。
獅子舞保存会が戻ってきて、最後に占めの舞を舞台で舞う。
自治会長の占めの挨拶、そして最後の一騒ぎとなる。
消防団員は7時半を頃までかかって火の気を断ち、反省会へ合流する。
この消防が戻ってくる頃には、ごんじぃ達はすっかり仕上がっている。
最後にみんなで一本締めで締めて夜9時過ぎにお開きとなった。

苦労して作ったチョーヤがあっという間に煙となって消えてしまうが、苦労のしがいがある行事だ。
正月の大変に寒い中のどんど焼きである。獅子舞保存会の方々は着物姿で大変なご苦労であ
ったと思う。
しかし、岩窪のご長老達は元気だ。
どんど焼きの最中も嬉々として飛び回っている。

 ・ここまでくれば、ご長老のうんちくもそれほど必要はないのだが・・・・
   ご長老G  「おい、会場の移動ライトは、獅子舞は獅子舞、どんど焼きはどんど焼きの場
           所に、やることに併せてちゃんと動かせ」
   ごんじぃ  「私ゃ放送の方で手一杯なんで」
   ご長老G  「なんのためにマイクを持ってるんだ、それで役員に一言号令をかけりゃいい
           じゃないか」
   ごんじぃ  「ごもっとも・・・・・・」

●おまけというか・・・・

以上、随分と長い行事報告となった。だが、どんど焼きの報告をまだ終われない。
もう一日、朝から後片付け作業がある。
ヤナギを倒し、バラす。
チョーヤの燃えカスを袋に入れて、肥料代わりに貰ってくれる方の畑へ運搬。
打ち込んだ杭は、事故が起きないよう全て抜く。
そしてヤナギの柱の運搬。
1時間程度の作業だが、かなりの重労働。
まあそれでも、役員や組長達が一つになって、三日間を費やす大行事がこれで完結する。

岩窪はご長老が多いと書いたが、岩窪町は武田信玄の館跡である武田神社が直ぐそばにあっ
たり、町内に信玄公の墓所や、信玄公の父信虎の墓所、武田節の歌詞の中にも出てくるつつじ
ケ崎、
信玄公の奥方である三条夫人のお墓などがある土地柄であって、非常に甲斐の歴史と
かかわりの深い地域で、古くから居住している方も大変多い。
となれば、自治会活動も歴史のある行事が続いてきているということで、ご長老が多いのも当
然だろう。
しかし、今のご長老たちは、そのまた前のご長老たちからいろいろ教えられてきたのである。
これからはそのノウハウをもっと若い世代へと引き継いでいかなければならない。

どうやらごんじぃもそんな長老の仲間に入りつつあるようだ。
そんなこともあって、地域以外の方にはつまらないかもしれないが、行事伝承ということで細か
く書いてきた。
来年のどんど焼きでは、ごんじぃがここで書いてきたような、ご長老達のあれこれをぶつぶつと
言ってみたいもんだが、その前にまだまだ何か言われそうな予感がする。

このどんど焼きがこれからも末永く続いていくよう念じながら、以上で報告を閉じる

    
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