北海道の旅

2007北海道 2007年写真集
2004北海道 2004年旅行記


 最初は2007年7月の写真集です

 ちょっと気取って、哲学的コメントをつけてみました。
 細かい旅行記はありません。2004年の旅行記の方にはあります。

釧路湿原展望台から釧路市方面
を望む。
湿原の向こうには釧路の町が見え
る。
いつの日かここも市街地になってし
まうのだろうか
朝7時甲府を出発し、16時の阿寒
湖観光船に乗れた。
阿寒湖はマリモの生息する湖。
直径10センチくらいのマリモにな
るまで数百年とか。
湖の中では、外の世界の動きは判
らなくてもいいのかもしれない。

二日目の最初はオンネトー。
2004年の時の写真(下の方にあ
ります)と全く変わらない趣。
静かな湖畔と神秘的な湖の色。
何故か湖にお賽銭が投げ込まれ
ていた。
神秘を神と言えばうなずけるが、そ
ういうものかなぁ。
固められた牧草。
今年の冬の牛達の糧、これを一度
に10個も積んで移動するトラック
群を見た。
昔はみんな手仕事だったんだろう
けど、牧草に燃料費がかかる時代
になったんだなぁ。
富田ファームのラベンダー。
一面の紫、いろんな花の絨毯。
こんなアングルで写真にすると、広
大な花畑と勘違いしてしまう。
でも実際は学校のグラウンドくらい
人の目はなんと騙されやすいもの
なのか。
言葉の違う、同じ顔した観光客が
多い。彼らはとてもうるさい。
心癒されるはずの花と香があるの
に、とてもロマンチックな雰囲気に
はなれなかった。
中富良野フラワーパーク。
今回もリフトに乗った。
中富良野の町が眼下に見える
こちらの方がずっと落ち着く。
    パッチワークの丘
    ケンとメリー・マイルドセブン・親子などと名づけられた木達。
    麦やじゃがいもの畑はどう見てもパッチワークの世界。
    人工の景色なのに、なんとなく自然の世界に思えてしまう。
    
「少年よ大志をいだけ」
クラーク博士は今の若者にも同じこ
とを言えるだろうか。
ゲーム感覚で株を扱う若者に大志
があるとは思えないのはひがみか。
札幌の時計台。定番アングル。
こうして下から見上げると悠久の時
を感ずる。
でも廻りは喧騒とコンクリートの世
界。
山の上へ移設してあげれば、喜ぶ
と思うけどなぁ。
高台にあるバラ園。
我が家のバラはもう咲き終わった
というのに、北海道ではまだこれか
らのようだ。
温暖化で咲く時期が早まることは
あるのだろうか。

 
        支笏湖は結構寒かった。
       水中を展望する観光船があった。初めて乗ってみた。
       なぜ水中なのか、ガラス張りの船底から見た景色でわかった。
       層雲峡と同じ石の節理が湖の中にある。
       腕がないのでうまい写真にはならないが、自然とはすごいものだ。
←見にくいが山アジサイが咲いて
  いた。
  家の山アジサイは7年にもなる
  のに花が咲かないのだが・・・    
             昭和新山→
水蒸気が吹き出ている。周りはみ
やげ物屋。爆発しないのだろうか。
その時にそこにいた観光客の運が
悪いということか。
        洞爺湖はこれで三度目。
       大きな湖だ。
       しかし、なぜか海鳥が船の周りを飛んでいる。
       考えれば山一つ向こうは噴火湾。餌欲しさに観光船に纏わりつくようになったのか。
       鳥にも本能ではない知恵があるようだ。

       下のぼやけた写真は夜の洞爺湖の花火。なんとか撮れたやつ。
       これを見たくてここへ3回来た。
       
函館元町の歴史的建物たち。
ハリストス教会などの古い建物に囲まれ異国にいる感じ。
古い家を作り直していた。昔と全く同じにようにするらしい。
コンクリートに囲まれた札幌の時計台は、きっとうらやましがって
いるだろうなぁ。
      トラピスチヌ修道院。前回は行けなかった。
     敬虔な気持ちが沸いてくる。キリスト教徒でもないのになぜだろう。
     こんな世界が今は珍しくなったということなのか。

        とりあえず一段落    北海道の旅の目次へ戻る pagetop

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ここからが2004年7月の旅行記です


  この旅行は2004年7月に行ったものです。
                まずちょっと一部の写真をどうぞ

 

パッチワークの道
から。
どうですこの大き
な畑

 
ファーム冨田で
のエゾ
キスゲ。
例年より2週間
早く咲いたそ

です。
聖ハリストス教会
です。
本当に日本ではな
い感じでした。
旅に同行した、
我が家
のマ
スコット達、


 ごんじぃが以前勤めていた某会社(2005年7月に定年退職しました)は、定年前に定年退職旅行なる
 イベントを個人的に行っていいことになっていた。そして五日間の休暇と補助金が出たのだ。
 配偶者同行が許されており、定年を間近に迎えていたごんじぃもこの制度を利用することにした。

      
以下は旅行に行った時点に戻って文章を書いています。

長ーーい前書き

 30年連れ添うおかんがいるので、むげに断るわけにもいかず、同行させる(いやいや、同行してい
 ただく)ことで、さっそく企画に入った。
 行き先は北海道である。ごんじぃはそれまで会社の仕事の関係で10回ほど北海道に行っており、そこ
 そこ観光もしていたので、ある程度土地勘があり、観光名所も心得ている。
 そこでこれまでの集大成として、北海道で感動したスポットを、おかんに見せてやろうと考えたのであ
 る。

 知床・網走・函館・小樽・富良野・摩周湖などなどスポットは数多くあり、端から端まで全部を歩こうとす
 れば最低でも2週間は必要となる。
 そこで的を絞って1週間6泊7日を前提に行程を考えることにした。
 ただ大きな問題が一つあった。飛行機である。
 ごんじぃは鉄の固まりが空に浮くということがどうしても理解できない。
 物理的には解るが、心理的に納得できない。絶対できない・・・・・
 万一落っこったらというより、落ちないほうがおかしいと思っている。

そうはいってもこれまで飛行機に乗らなかったわけではない。
 青函トンネルが出来る前、初めて社命で北海道に行った時はやむにやまれず乗るしかなかった。
 それからやはり社命で沖縄に行った時も。だから往復で都合4回、乗ってはいるのであるが・・・・・・
 機体が空中に浮いたとたん体が固まる。後は目を閉じてただ早く降りろと念じるだけ・・・・
 エロ本を読んでみてもだめ、以前はタバコが吸えたので、やみくもただプカプカふかすが味は解らな
 い。
 火を消すと結局また固まる・・・・
 こんなごんじぃである。そしておかんがまた飛行機嫌いなのである。
 昔、新婚旅行の計画をしたとき、「飛行機乗るなら結婚しない」とおっしゃったお方である。
 
 その後青函トンネルが開通してからは、北海道へ行く時は必ず寝台特急北斗星を利用してきた。
 初めはB寝台の二段ベッドであったが、B料金で個室というのがあることを知り、以降はこれを使うよう
 になった。
 個室とはいっても大変狭く、ベッドも固い。しかし、夏なんぞパンツ一つでいても誰に見咎められるわけ
 でもなく、徹夜で一人酒盛りをしても文句もこない。やはり個室はそれなりの価値があるわけ。
 
 一度、会社の同僚と北海道に行くことになり、そいつが一度北斗星に乗りたいというので、B寝台の二
 人用個室を使ったことがある。
 夏であったが、上野の松坂屋でお総菜を買い込み、酒屋で氷とアルコールを仕入れて乗り込んだ。
 上野7時20分の発車であったが、検札が早々に来るので、その後は本当にパンツ一丁で徹夜で語り
 飲み明かしたものである。
 CDウォークマンと携帯用のスピーカーシステムでバックグラウンドミュージックまで付いた。
 函館を6時に過ぎる頃宴会を終え、11時に札幌に着くまで爆睡した。
 単なるB寝台2段ベッドでは味わえない旅である。

 これでどちらも同じ値段なのだから、是非利用してみてほしい。
 ただし、数が少ないので一ヶ月前の午前十時、みどりの窓口が開くと同時に予約する必要がある。
 ツアー会社に頼むとドジる。
 ごんじぃも一度やられた。「取れませんでした」と言うので何時に予約したか訊いたら、「10時半にし
 た」という。
 これでは絶対取れない。それからは、必ず自分で予約することにした。


 そんなことから、今度の旅行も北斗星を使うことで検討に入った。
 マップルにるるぶにベストガイド・・と本屋で北海道ガイドを買いあさり、北海道の地図と首ったけで
 ルートを考えたが、どうもうまくない。
 知床峠にどうしても行きたいのだが、札幌から始めると、行って来いのルートになり、ムダなのである。
 そこで大決断をして、おかんに相談した。飛行機に乗る気はあるかと・・・・
 以降けんけんがくがく、最後には生命保険うんぬんにまで話が及んだものの、飛行機を選択することに
 なったのである。
 羽田から女満別まで1時間45分。はっきりいって怖い・・・・・
 しかしこの行程、朝山梨を出て昼には網走という寝台特急では考えられない時間短縮と、その後の行
 程短縮が可能なのである。
 夜行でいけば前日午後には山梨を出なければいけない。
 そして網走には翌日の夜到着ということになるのだから。
 寝台特急もいいが、この時間差だけは如何ともしがたい。

 まあ、これで全体の行程がスムースになった。網走に着いて半日観光が出来るし、その後は知床によ
 りながら、札幌から函館の方に向かって移動していけばいいのである。
 行程はまず網走で観光して一泊。
 翌日は知床から標津へ抜け、摩周湖・屈斜路湖と巡り川湯温泉で泊まる。
 三日目は阿寒湖から層雲峡へ抜け旭川で泊まり、四日目は富良野へ出て、札幌に寄りつつ定山渓温
 泉で泊まる。
 そこから小樽へでて高速を走って洞爺湖で一泊。
 最後は函館へ出て、帰りは北斗星に乗って帰還という結構ハードな計画。
 レンタカーで走りまくりの急ぎ旅ではあるが、そうそう無理な行程ではないと自分自身に言い聞かせた。
 北斗星一泊を入れて6泊7日の行程。お値段は二人で26万円強というところ。
 まあ、こんなもんでしょう。
 ちなみに北斗星はごんじぃも初めて乗るA寝台ツインデラックスをチャーターした。
 釧路湿原、礼文島、宗谷岬、登別・・・・など行きたいところはまだまだあるが、今回はあきらめることに
 した。

 
 さて旅の報告の前段としてはかなり長いものになったけど、道中も大事だがその前のあれやこれ
 やがまた楽しいものなんですよ。 ハイ・・・・・

いよいよ本番、写真とともにどうぞ

・7月2日・・・・前々日
 明後日出発という三日前の夜、新調した着替えなどを旅行バックに詰め込んだ。
 北海道までは二日必要ということでこの日に宅急便で送ってしまう。
 デジカメのデータ処理と地図のチェックにとパソコンも一緒に入れ、ボストン一つと肩掛けバック一つが
 先行して網走へ飛び立っていった。


 2004年は台風の当たり年であった。この旅行の時も台風8号が日本のはるか東海上を北上していた
 が、これの影響はほとんどないと思うことにした。
 しかし、もう一つの7号が大陸から日本へ向かっている。
 明後日はこれから逃げる方向だからいいが、その後北海道にどんな影響をするか少々不安だった。
 ごんじぃは元来晴男なので、絶対天気はもたせると気合を入れる。
 前日にはおかんの体調整備のため、整体に行くことにする。足の調子を良くしてもらわんと知床五湖を
 歩けない。(実際は理由が違うが歩くことが出来なかった)
 変な話だが、ごんじぃ夫婦にはヌイグルミのマスコット達がいる。
 クタクタの小さな犬のヌイグルミであるが、我が家に住着いて長いものは4年ほどになる。
 こんな熟年オタクが結構増えているとテレビで言っていた。
 この旅行には6匹も手提げの中にもぐりこんでいて、一緒に旅をすることになった。
 
・7月4日・・・一日目
 ごんじぃは山梨県に住んでいる。北海道ははっきり言って遙か彼方である。
 おかんとの二人旅はこれまで3回あるが、こんな遠くへ行くのは初めてで、特に飛行機というのが大問
 題。荷物は既に送ってあるので軽装で、朝7時に家を出たが、心なしか足が重い。
 本来なら浮き浮きしているものなんだけど・・・・
 羽田に着くと、急に二人の会話が少なくなる。1時間45分のフライトがとてつもなく長いものに思える。
 
 女満別行の飛行機はどこかの学校の修学旅行と一緒で、満席であった。
 彼らのにぎやかさに多少気が晴れる。
 しかし、離陸したとたん、おかんもごんじぃも固まった。後はただ恐怖に耐えるのみ・・・
 何をしていたか覚えていないが、なんとか無事女満別に到着。網走の空は雲一色だった。
 
 涼しいというよりちょっと寒い。着いたとたん緊張が解け空腹が迫ってくる。
 6日間乗り回すレンタカーは1300のマツダのデミオ、快調である。
 まず、網走刑務所に行く。ここには受刑者達が作った製品の販売所があり、そこを覗く。
 安い。ものが良い。
 おかんは引き出しだらけのタンスの前で動かなくなった。
 網走でタンスもいいかもしれないとごんじぃもじっくり観察する。しかしちょっと小さい。
 とうとうこの小ささが理由で販売員の奨めを最後には断ることになった。
 陶器もいいものがあったが、まだ初日、割ってしまったらもったいないということでこれもあきらめる。
 結局何も買わずに終わってしまった。

 
 

網走刑務所の入り口。
この門だけは
くぐりたく
ないもの
である
能取岬の灯台、
このすぐ横に馬が放た
れた牧場
がある

 刑務所の対面にあるドライブインでお昼を摂ることにした。
 味噌ラーメンを頼むが、なんと甘いのである。確かに味噌味なのだが、確実に砂糖が入っている。
 とは言ってもダシもいいし、まずくはない。でもラーメンと言うにはなんとなく違和感がある。
 塩と砂糖を間違えたとは思いたくない。・・・・ごんじぃならやりかねないが・・・結局おかんと出した結論
 は、「これはこれで一つの味なのだ」ということになった。


 泊まる宿は網走湖畔の高台に見えていた。しかしまだチェックインには早いので、とりあえず能取湖で
 もと走り始めたが、間違って能鳥湾の反対側の能取岬に出てしまった。
 途中、イタドリとフキの大きさに驚いた。山梨のものの倍以上はある。
 岬には灯台があり、崖の下から雄大なオホーツクが広がっている。しばし一服、タバコが旨かった。
 その灯台のそばに馬が放たれた牧場があった。近寄って馬と会話するが、通じてはいないようだ。
 いやどうもバカにされているようである。

 この日のメーンとなる網走監獄博物館へ行く。
 当時の囚人の生活をマネキンを使って表現してあり、分かり易かった。
 冬の生活の厳しさを思うと、地獄のようなものだと憐れみが溢れてきた。
 おかんもディスプレィを見る度に絶句していた。
 なかでも放射状の獄舎は圧巻であった。この監獄を脱走した男がいたということで、おかんがしきりに
 「どうやったら出られるの」と尋ねる。
 ごんじぃには判らんので答えようがない。これは帰ってからもしばらく同じ質問をされて閉口した。

 オホーツク流氷館も見学する予定だったが、中は氷の世界だということで、これ以上寒いのはご免と寄
 るのを止めた。
 そのため4時過ぎには宿に着く。「かに本陣友愛荘」というホテルで売りはカニ料理である。
 食事を期待しつつまず風呂を済ませる。
 風呂場はそこそこの広さ。しかし温泉ではないようだ。普通なら温泉成分や効能が書いてあるもんだが
 何もない。
 換わって備長炭が湯船に篭に入れられて置いてあり、この炭の効能が書いてあった。
 まあ、ここは温泉目当てに選択した宿ではないので、仕方ないであろう。
 だけどおかんは無類の風呂好きなのでたっぷり1時間以上つかって出てきた。
 明日までに後2回は入るとのたまう。お好きにどうぞ。


 夕食となった。個室に案内される。机の上はカニ・カニ・カニ・・・見ただけで圧倒されるほどのカニずく
 しである。
 対応してくれた仲居さんは、大変丁寧な言葉使いなのだが、声が甲高いのである。
 よく頭の天辺から出る声などというが、本当にこの言葉そのものであった。
 毛ガニの刺身、タラバガニのしゃぶしゃぶや茹でた足、ズワイガニの蒸し焼き、カニの酢の物に茶碗蒸
 しなどなど圧倒されるばかりである。
 おかんと生ビールで乾杯し、食べ始めたが減らない。
 3分の2ほど平らげたところで、まだこれでもかとカニのテンプラとケガニのみそ汁まで追加された。
 ゲップを連発するが、ビールのゲップではないようだ。
 しかし、味はいい。レッドロブスターなどで食べるカニとは数段違う・・・・(レッドロブスターさん失礼)。
 肉の量も多く味も甘さがあって得も言われぬ心地である。
 ケガニのみそ汁なんぞカニ味噌のコクがほど良く効いていて、これまた一品であった。
 本当にカニというものを堪能した夜であった。
 翌日おかんが、山梨で留守番をしている娘に電話をかけた。
 ごんじぃがたきつけ「カニはもう食べなくていい」とおかんが電話口に言ったとたん、「うるさい」と電話を
 叩き切られた・・・・娘よ許せ、しかし満足・・・・

・7月5日・・・二日目 
 翌日は曇り。この日は知床から摩周湖へ向かうため8時に出発。
 まずは小清水原生花園へ寄り込む。JRの原生花園駅は以前ごんじいが一人で来たときと風情が違う。
 どうも建て直したようだ。
 エゾキスゲ、ハマナス、エゾスカシユリなんかが咲き乱れている。
 ごんじぃが花の写真を撮っているとおかんが「ギャッ」と声をあげた。
 なんぞやと振り返ると、おかんが指を差している。
 普通なら絶対見つからないような場所の葉っぱに、たぶんアゲハ蝶のものだと思うがいも虫が一匹張
 り付いている。
 おかんはこの類が全くダメである。そいいう人間に限って良く見つけるものである。
 記念にこのいも虫もカメラに納める。
 

原生花園駅 エゾスカシユリだと思う ハマナス エゾキスゲ
おかんが見つけた芋虫 オシンコシン滝・壮観 摩周湖は神秘的 硫黄山はなにしろ臭い

 次はオシンコシンの滝に向かった。国道244号に沿って、斜里から以久科の辺りは、なだらかなスロ
 ープを描いてじゃがいもの花が一面に咲く農耕地帯である。
 運転中で写真は撮らなかった。
 まあ後でパッチワークの丘へ行くからよかんべと、ただまっすぐに突っ走る。
 道は一直線、北海道のスケールにおかんはいたく感激していた。
 オシンコシンの滝は山の上から水が落ちてくる。圧巻である。
 滝壺の下には一抱えもある大きさのフキの葉っぱが揺れていた。
 この当たりの天気は晴天の状態で、これから行く知床五湖に期待が持てたのだが・・・・・
 
 宇登呂を過ぎ知床五湖への道に入る。昔ごんじぃが一人でここへ来たときにはキタキツネと遭遇した
 が、今回はエゾシカと出会った。
 斑点模様がくっきりとした立派な角をもったシカである。おかんはこれまた感激の様子。
 しかし、ごんじぃはちょっと嫌な予感を感じていた。
 
 予感が的中。五湖の入り口につくと、なんと進入禁止の札を持った駐車場のオジサンが立っている。
 訊いてみるとヒグマ出没につき散策コースへの進入は禁止とのこと・・・・
 ごんじぃの嫌な予感が当たってしまった。がっくり気が落ちる。
 嫌いな飛行機に乗りわざわざ女満別まで来たのは、この五湖を見たいがためであった。
 なんということ・・・・絶句のまま元きた道を引き返す。
 これからの先々でおみやげ屋に寄る度に、「熊出没中」のお菓子を売っていたが、これを見る度腹
 が立って、腹が立って・・・・・


 仕方ないわさと知床峠に向かう。峠を登り始めると今度は一面霧が立ちこめてきた。
 さっきは晴れていたではないか。
 知床峠は完全に霧の中。周りの風景なんぞ望めるはずもない。
 このダブルパンチでごんじぃは少々腑抜け状態となってしまった。
 おかんがしきりに「仕方ないよ」と慰めてくれる。可愛いおかんである。

 峠道の周りは白樺林であるが、雪や風に痛めつけられ、真っ直ぐなものはほとんどない。
 自然の厳しさと、たくましさに感動した。
 そんな中、知床峠を一気に下り羅臼の港に出た。道の駅に寄り込む。
 お目当ては羅臼昆布と昆布醤油。しばらくは美味しい昆布だしのおかずが楽しめるだろう。
 五湖が散策できなかったので、かなり時間が早く、ここらでやっとお昼頃。
 食べ物屋を探しながら走るが見当たらない。とうとう遠くに野付半島が見え始め、標津の入り口まで来
 てしまった。
 
 やっと観光バスが何台も泊まっているドライブインを見つけた。
 団体さんと一緒に食べるのは喧噪の中になるのでちょっぴり嫌だったが、この後は標津から内陸の牧
 場地帯に入っていくため、またいつ食べ物屋があるかわからない。
 結局このドライブインに寄ることになった。
 案の定、中は団体客でうるさいのなんの・・・鳥羽口の席に案内され、ファミレスのメニューと同じような
 ツルテカのメニューを渡された。
 ますます気が滅入るが、まあ、海辺だから海鮮でいいやとウニ・イクラ・ホタテ丼をオーダーする。
 
 待つことしばし。丼が目の前に置かれた。具は3種類ともたっぷりと乗っている。
 ごんじぃはあまりホタテの刺身は好きではない。
 そこで先にやっつけようとまずホタテから口に入れた。唖然とする。
 ふくよかな甘味が口の中に広がり、肉もふわふわで舌で押すと崩れていく。
 これは旨いと思わず声が出てしまった。
 ウニもしかり、イクラもやたらにしょっぱくなくて最高。
 後はおかんともども口をきく事も無く一気に食べ尽くした。
 このドライブインは海に面した崖の上にあり、遠くには国後島がかすんでいた。
 いずれにしても大収穫のドライブインであった。北海道よ、君の育む食材はなんと素晴らしいのか・・・

 非常に満足した食事を終え、次の目的地摩周湖へ向かう。
 標津の交差点を内陸の方へ曲がると後はほとんど一直線の道が続く。
 周りは牧草地帯で、ちょうど干し草の刈り取りの最盛期であった。
 備蓄用の牧草ロールがビニールで巻かれ点々と転がっている。
 白のビニールのもの、黒のもの、中には白と黒のビニールが縞模様になっているものもあって。
 でっかいキャンデーが転がっているようであった。


 摩周湖に着く。以前は何にもなかったのに、みやげ物屋ができ、展望台も整備されて小綺麗になって
 いた。
 問題は湖が見れるかどうかである。空はどんより曇っているのであまり期待はしていなかったが、展望
 台に上がる
 湖面が見えた。多少霞んではいるが水面は見えている。
 「おかん、あんたの心がけもまんざら悪くないよ」とムダ口をききながらしばし展望。
 お店で記念にと木彫りの温度計に日付を彫ってもらった。
 ごんじぃは二度目、前回もよく見えた。こうなると一度は霧の摩周湖も見てみたい・・・・・・


 摩周湖からお隣の屈斜路湖へ移る。途中とっても硫黄臭い所に来た。
 横の方に目をやると水蒸気を吹き上げている山があった。
 硫黄山である。
 ちょっと寄るだけにした。とにかく臭い・・・
 屈斜路湖畔を走り、砂湯に着くと本当に水辺の砂を彫って浸かっている人がいる。
 ごんじぃも試してみた。
 砂を掘ると湧き出る水は暖かい。
 しかしすぐ傍の湖の水は冷たいのである。とても不思議。
 足湯があったので、おかんと足をつけてみる。気持ちがいい。
  
 まだ4時前だったが、川湯温泉の宿、「川湯第一ホテル」へ到着。おかんはすぐさま温泉へ飛び出す。
 この時期はまだ夏休み前なのでお客も少ない。風呂は誰も入っていなかった。
 硫黄の匂いが充満する風呂で、石鹸も泡立たない。ごんじぃはあまり風呂好きではないのでそうそうに
 出るが、おかんはいつになっても帰ってこない。
 そのうちに風呂上がりのビールが効いてうたた寝をしてしまった。

 夕食は一般的メニューではあったが、海鮮が美味しい。種類が多くやはり食べきれなかった。
 川湯には風月堂というお菓子屋があり、「小熊最中」が美味しいとガイドブックに紹介されていたので買
 いに行く。
 雨が降り始めてきたが傘もささず走っていった。
 あんこが手作りのようで、柔らかく甘さもしっかりしている。これは買い得である。
 部屋に戻ると強烈な睡魔に襲われる。7時半頃まで我慢していたが、おかんがまた風呂に行くというの
 でどうぞと言ったきりふとんに倒れこんだ。
 後は朝まで覚えていない。なんと10時間も爆睡してしまっていた。
 昨日からの疲れが一気にきたようである。
 朝おかんに訊くと、「ぐうぐう寝ていてつまらなかった。こっちは眠れないから冷蔵庫のお酒を飲んで寝
 たんで払っておいてちょ」とのこと。
 ただただ頭を下げるのみ・・・・ゴメンナサイ。

・7月6日・・・三日目
 しかし、この睡眠ですっかり疲れが消えた。
 一晩降っていた雨もやんで、曇ってはいるもののなんとか一日もちそうである。
 阿寒湖へ向かい、木彫りのおみやげ屋が軒を連ねるアイヌコタンに着いた。
 道路兼駐車場の両脇には木彫りの店がそれぞれ趣向をこらしズラリと並んでいる。
 同じような木彫りのおみやげが並んでいるが、一軒一軒特徴があり、一回り見て回った。
 家に福を呼ぶようにとフクロウの木彫りを購入。
 おかんは娘達に木彫りのネックレスを調達した。そして・・・・


 ごんじぃは他の店を見て回っていたが、おかんは一軒の店で動こうとしない。
 これはてっきり何か欲しい物があるに違いないと近づいてみると、案の定ネックレスを物色している。
 そして、二つ持ってどちらにするか迷っているのである。
 その内に、他のご婦人のお客さんに「どっちがいいでしょうねぇ」と尋ね始めた。
 訊かれた方はいい迷惑である。
 でもその方は丁寧に対応してくださって、結局そのご婦人の意見で決まったのである。
 
 アイヌコタンから屈斜路湖の繁華街の方に出て、娘達にこれだけは買ってこいと命じられたおねだりキ
 ツネとマリモを購入する。
 おねだりきつねの店は「ポンション人行館」といい、同じ形のきつねが無数においてある。
 何万のオーダーである。よくぞこれだけ作り続けたものだと思う。
 だんなさんが簡単な説明をしてくれる。世界的な雑誌にも載ったそうだ。
 置き方を工夫するといろいろ面白い形になる。説明書をつけてくれたが、そこに載っているだんなさん
 の写真は20年前のものだそうだ。
 今では髪の毛はすっかり後退してしまっていた。(失礼)


 マリモの店ではおねいさんが、飼育の説明をしてくれた。水はいつもきれいに、水道水でいいとのこと。
 暑い時は朝、氷を一かけら入れるといいそうだ。知らなかった。
 テニスボールくらいになるのに150年かかるとのこと。
 娘よお前がもしうまく結婚できればお前さんの孫の時代となるだろう。


 マリモ羊羹を買った店でオンネトーに是非行ってごらんと言われたので、回り道をすることにした。
 その前にペンケトー・パンケトーを見ることができる展望台にいったが、当たり一面霧の中であきらめる
 しかなかった。
 ただ、ごんじぃだけはぺンケトーの姿を運転席から垣間見たのである。
 おかん助手席なので見えなかった。残念でした。

 オンネトーへ行く脇道に入ると前方に車が止まっている。
 危ないなぁと思いながら徐行して脇を通り過ぎようとしたら、なんとキタキツネがいるではないか。
 おかんもしっかりと確認したようなので、そのまま通り過ぎたが、おかんが待望していたキタキツネが見
 れて、これは一つの収穫であった。
 オンネトーに着くと湖の色がいろいろに見える。確かに一見の価値あり。
 ついでなのでラワンブキの畑を見ようと来た道を戻らず、ガタガタ道に入る。
 この旅で唯一のオフロードであった。
 車の尻を振りながら疾走させる。おかんはしがみつきながら「きゃあきゃあ」さわいでいる。
 北海道のフキはごんじぃの住む山梨のフキと大きさが違う。
 なにしろでかいのである。葉っぱの大きさも茎の太さも倍なんてものじゃない。
 その中でもラワンブキはそのまま傘になるようなビッグなフキであり、一度見たかったのものである。
 確かにでかい。もう季節は終わるのか葉っぱの縁が変色し始めていたが、これが話に聞いたフキかと
 納得した。

 後はいちもくさんに層雲峡まで突っ走る。
 途中旨そうな食べ物屋もないので、足寄のコンビニでパンとおにぎりを調達。
 道の駅でチーズとラワンブキの漬け物を購入した。
 おかんがおみやげがたまったからダンボール箱を買おうと言うので、ホームセンターに寄り込む。 
 国道273号の糠平からは山道に入った。
 エゾマツとシラカバが林立する中、雨も降ってきて、ただただ疾走。
 途中切り開かれた道路の脇にルピナスが咲き乱れている所があった。三国峠でトイレタイム。
 
 

屈斜路湖の砂湯の湖畔 アイヌコタンのお店屋さん オンネトーは本当に五色沼 ラワンブキ高さは1m以上
右から
 ノン太
 コブチ
 ケイン
 チャッピー
 ブッチャー
 ポケ郎
と申します。
ルピナスが咲き乱れる山肌 層雲峡の流星の滝 旭川の町をバックにマスコット達

 大雪湖を過ぎ層雲峡に入った。途端に銀河トンネルに入る。それも長い。
 前に来た時にはこんなトンネルはなかったはず・・・と思いながらトンネルを出ると流星の滝の脇に出た
 のである。
 以前は国道であった道は駐車場と遊歩道になっていた。
 小雨がポツポツしていたので、隣の銀河の滝を見学して早々に出発した。
 後は旭川に出るだけであるので、のんびり層雲峡の岩肌を見ながら下っていった。
 途中からパトカーの後ろについてしまって、これまでのようにスピードが出せない。
 しかし、ここまできて捕まりたくはない。
 結局旭川の町までとろとろと後について走ることになった。

 4時には旭川グランドホテルに到着する。
 ここはビジネスホテルなので、おかんも直ぐ風呂とは言わない。
 旭川の市内で夕食を採ろうと、ホテルに食事は頼んでいなかったので、街に出る。
 ホテルマンが3条通6丁目が穴場だと教えてくれたので、そこへ向かう。
 何を食べるか決めていないのでおかんに任せることにしたら、ふらふらと歩くこと。
 途中スーパーに寄り込んだりしながら30分近くはうろついた。

 結局は旭川ラーメンをということになり、ガイドブックに出ていた「一之蔵」という店にはいる。
 ここは期待を裏切らなかった。トンコツベースのだしに魚のだしがミックスされ、久しぶりに旨いと思った
 ラーメンである。おかんも同じ感想。
 そして珍しくおかんがスープを最後まで飲みきった。
 ごんじぃはお代わりを真剣に考えたが、胃潰瘍の治りかけの胃には可愛そうだろうとあきらめることに。
 後はホテルに戻り、おかんと酒盛りをしながら過ごす。この日も夜は雨になった。
 この夜はしっかりおかんに付き合った。
 
・7月7日・・・四日目
 窓の外を見ると雨は降っていない。
 ごんじぃは晴れ男であることは前にも書いた。
 これまでも旅行に行くと雨に降られたという経験が少ない。
 今日は富良野のラベンダーが目当てである、曇りでなく晴れてほしいと思いながら、旭川を後にする。

 美瑛からパッチワークの道に入る。その景色は本当にメルヘンであった。
 なだらかなスロープの丘一面が畑で、とうもろこし、麦、じゃがいもなどの大きな畑が広がり、本当にパ
 ッチワークのようである。
 それぞれの畑が一枚一枚の布のようで素晴らしい。
 おまけにジャガイモの花が満開で彩りを沿え、その香りも漂ってくる。
 じゃがいもに白い花と薄い桃色の花の二つあるのを知った。
 
 セブンスターの木が見つかった。丘の上にぽつんと一本立っている。
 どうみても絵になる。遠くを見るとこんな木があちこちに立っている。
 キャンピングカーで三ヶ月の間、北海道を巡るという老夫婦に逢った。
 羨ましいと思いながら、ごんじぃとおかんはあの年になったら、どこを旅しているのかと、しばし想像す
 る。
   

セブンスターの木 じゃがいもの花とムギ あの木はなんの木? 親子の木
パッチワークそのもの ケンとメリーの木 かんのファームの花畑 ラベンダーいっぱい

 そして、親子の木、ケンとメリーの木などを巡りながらパッチワークの道を後にした。
 次は「かんのファーム」、いよいよおかん待望のラベンダーとその他の花の絨毯の世界だ。
 かんのファームはラベンダーが素晴らしい。ただ傍に腐葉土が置いてあり、この匂いでラベンダーの香
 がボケてしまっていた。
 ファーム冨田へ移動する。ここは本当に花の絨毯である。天気も晴れて、絶景なり。
 山の斜面もラベンダーの一群が淡い紫色で埋めつくしている。
 ラベンダーのソフトクリームも山梨当りのものとは一味も二味も違う。
 ラベンダーの加工工場や香水の調合をしている所もあって、凄いものだと感心した。
 
 

こちらファーム冨田の花畑 エゾキスゲも咲いていた 山の斜面のラベンダー なんと美しい
←中富良野フラワーパークで、
  リフトに乗りながら見た景色
花また花 ラベンダーの香がいっぱい 空中から見た花畑

 お隣の富良野町営中富良野フラワーパークに移動し、リフトに乗って花の絨毯を空中から楽しんだ。
 こんな世界が冬には一面の雪の野原に変わる姿は想像ができない。
 しばし山の上から富良野町全体を見渡しながらおかんとムダ話をする。

 旅も後半に移ろうとしている。これからは札幌・小樽・函館と景色というよりは、町並を楽しむ行程にな
 る。
 とりあえず札幌に向かうため、滝川インターを目指す。途中、給油のためガソリンスタンドに寄った。
 おかんがトイレを使ったのであるが、そのトイレは和式でそれもそっくり穴の空いた、ごんじぃ達が小学
 生の頃の便器だったそうな。
 うっかりすると落ちてしまう大きさの穴である。北海道、こんなところはまだまだかと考えさせられる一幕
 であった。
 滝川インターから初めて北海道の高速に乗る。砂川サービスエリヤで昼飯。
 ごんじぃは月見うどん、おかんは飲み物だけで終わった。


 札幌は都会である。都会ならいつも東京に行っているので、札幌の中心を歩く必要は特にないと、大通
 り公園を横目に見る。
 そして時計台の前も車で走りながらおかんに「これが時計台」と簡単に通り過ぎた。

 ごんじぃが常に札幌みやげとしており、ごんじぃ自身も大好物である六科亭のバターサンドを調達したく
 て、円山公園入り口にある六科亭円山店へ向かった。通りを間違えて店になかなか行き着かない。
 探すこと30分近所のおねいさんに尋ねてやっと見つけた。
 いろいろな洋菓子が並んでいるが、ごんじぃはバターサンドである。その他娘が喜びそうなチョコレート
 菓子を調達。
 おかんは羊羹を仕入れた。だいたいがうちは甘党が揃っている。
 どこかへ出かけると必ずお菓子を買う。
 金沢へ行ったときなんぞ、20軒近くお菓子屋を巡り、車のトランクに一杯のお菓子を買い込んできたも
 のである。


 六科亭から狸小路へ移動する。ここはみやげもの屋が多いので、歩くことにしていた。しかし、昔とは違
 ってみやげもの屋が少なくなってしまっていた。
 結局会社へのみやげを仕入れただけに終わる。都会の様相は変わりやすいものだと思った。

 この日の泊りは定山渓温泉である。
 おかんが早く温泉に入りたいだろうと、4時前であるが定山渓グランドホテルに着いた。
 なんか混雑している。この季節に何かと思ったら、修学旅行の連中と、中国からの旅行者達である。
 なるほどと思いながら混雑をさけようと、そうそうに風呂へ飛び出す。
 おかんはいたく感激したようだ。この日の女風呂は大きい方の風呂だったそうで、まだ団体客が入って
 こなかったんでのんびりとつかったとのこと。
 ごんじぃは温泉であろうが、ユニットバスであろうが汗が流せればいいと言うほうなので感激はない。
 食事は部屋食だったので、ゆっくりくつろぐことができた。
 十勝牛のステーキが出た。旨い。脂気の強い肉はおかんは食べないので、ごんじぃが平らげる。
 カニもついたが小さかった。


 宅急便の出店があったので、これまで買いためたおみやげを一度送ってしまうことにした。
 パソコンも、後はそれほど使わないですみそうなので、洗濯物をクッションにして送る。
 夕方から雨になった。これまで天気はうまくすり抜けてきている。明日の小樽は止んでほしいと思いな
 がら眠りにつく。


・7月8日・・・五日目
 おかんは6時に起きて、朝風呂としゃれこむ。
 ごんじぃはテレビで天気予報の確認。台風の影響で今日と明日は天気が悪いらしい。
 小樽では北一ガラスの店の中にいるからいいが夜は洞爺湖の花火を見たい。
 明日の函館も元町の西洋館を見て歩くから雨は嫌だ。
 しかしどうも期待どうりの天気ではないようだ。
 ごんじぃの晴れ男のご利益もここまでかと、あきらめモード。

 朝飯はバイキング。就学旅行とかち合わないよう早目にということで7時前に食べる。
 でかけようと外へ出たらさっきまで降っていた雨がやんでる。さい先よし。
 小樽まで峠道を走る。小樽運河脇を車で走りつつ、都はるみの「小樽運河」を鼻歌で歌いながら、おか
 んに運河を見せる。
 平日だというのに結構観光客が多い。
 裕次郎記念館はおかんがあまり興味を示さないのでカットし、北一ガラスへ入る。
 ここも以前と変わってしまった。高級志向になり、展示品が少ない。
 娘のおみやげにアクセサリーをとおかんが探すが、数が少なく思ったものがなかった。
 それでも旅の記念にとガラスの皿を調達。オルゴール館に移って娘にオルゴールを買う。
 ここは観光客でごった返していた。
 修学旅行生、中国系団体さん、お年寄りツアー等々。小雨も降っていた。

 歩きつかれたので、コーヒーでも飲みながら休もうと薄暗い喫茶店に入った。
 「北一ホール」といって部屋の中はランプだけの照明。趣があり雰囲気がいい。
 おかんは何を思ったか抹茶ケーキセットというので、ごんじぃもつられて同じものを・・・・これが失敗だ
 った。
 ケーキがでかいのである。ロールタイプであるが、巻きが大きい、そして厚さも厚い。
 味は美味しいので、しっかり食べてしまった。


 北一ガラスを出ると11時30分くらい。予定では小樽の寿司通りで寿司の予定であったが、さっきのケ
 ーキでお腹は一杯。
 止めればよかった。コーヒーだけにしとくんだったと後悔するが仕方がない。
 時間をつぶすのにもう一度ガラスを見るのも疲れたので、寿司をあきらめて早々に出発することにした。

 小樽から洞爺湖までは高速で一気に移動する。それでも腹は減るもんで樽前サービースエリヤで、ご
 んじぃはカレーを食す。
 おかんはなぜかたこやきを買ってそれをパクつく。
 高速では結構な雨模様。洞爺湖が心配だが、お天気の神さまには勝てないのか・・・しかししかし、伊
 達のインターで降りると雨はやんだ。
 おかんと「やんだやんだ」とはしゃぎながら昭和新山に行く。
 昭和新山は水蒸気を上げていた。周りはすっかり観光地として整備されているが、いつドカンとくるか
 判らないと思うとちょっと怖い。
 みやげもの屋に寄ってみるが、これまであっちこっちで見てきたものばかりで特に変わったものはなか
 った。
 しかし「熊出没中」のクッキーを見ると腹が立つ。


 洞爺湖へ下り、一旦ホテルの前を通り過ぎて、遊覧船乗り場に行く。
 双胴船であることと、風もない静かな湖面のため、ほとんど揺れがない。
 船内の案内放送を聞きながら、おかんと外のデッキを貸し切り状態で遊覧する。
 おかんは島にシカが見えたと騒ぐ。あんたそんなに目がよかったかい。
   

昭和新山 洞爺湖遊覧から

 遊覧を終え、北海道最後の宿泊地となる洞爺サンパレスへ行く。
 まだ4時だというのに、ロビーは喧噪につつまれている。
 きのうと同様修学旅行や中国の旅行団である。
 特に中国の人達は大きな声で話をするのでうるさいくらい。
 ここのホテルは、遊園地風呂やプールなども併設されたホテルである。そちらのお客も結構いるようだ。
 部屋はビジネスホテルよりはちょっと高級な感じのツインルームである。
 窓の外は洞爺湖が丸見え。花火に期待する。
 
 さっそく温泉に行く。たどりつくまで一苦労、プールの上の橋を渡って風呂場へ行くのである。
 浴場へ入るとバイブラ湯、打たせ湯、露天風呂など十種類以上の浴槽がある。
 一巡りするだけで湯当たりしそうになった。
 ごんじぃはそうそうに引き上げる。
 おかんは1時間半もつかっていたようだ、「広くて、いろいろでおもしろかった」とのたまう。
 
 修学旅行生達と時間をずらすため、早めに食事に行く。バイキングである。
 お客も多い。味は悪くなかったが、品目としては一般的内容であった。
 周りのお客さんは中国系らしい。喋っている言葉が判らない。
 その内に舞台の上で太鼓の演奏がはじまった。迫力はあるがちょっとやかましい。
 まあこれも一つの食事方法かとあきらめる。
 9時近くになって湖上の花火がはじまった。本当に目の前でドカーンと花火が開く。素晴らしい。
 おかんとビールを飲みながらしばし花火に酔いしれる。


・7月9日・・・六日目 
 天気予報では函館は完全に雨、洞爺湖も小雨である。
 洞爺湖から虻田洞爺湖インターに向かう途中、後少しで事故るとこだった。
 直線道路であるが、一旦停止の標識を見落として突っ切ってしまい、横からきた車が間一髪止まってく
 れたので事なきを得た。くわばらくわばら。
 高速道路は大雨や霧雨の状態でサービスエリヤに寄るのも濡れそうなので一気に国縫まで走る。
 おかんに最後はごんじぃの晴れ男もここまでかと、グチをいいながら走る。雨の函館となったらどうして
 時間をつぶすか困ってしまっていた。


 しかしである。高速を出た途端雨が止んだ。
 途中大沼に寄り込み湖の景色を見た後、最後の目的地函館へ向かう。
 峠を下ると函館山が見えてきた。
 函館山の頂上は雲の中であるが、道路は乾いている。ごんじぃの御利益は有効であった。
 まず朝市にと函館駅へ直行。海産物ばかり、たくさんの店におかんは圧倒されている。
 女の子が客引きをしている店に決め、おかんが買い物を始めた。
 ホッケ、イクラ、スルメなどなどいろいろ買い込んでいる。
 これが終わると昼飯。場内の食堂街に行き、ごんじぃは海鮮チラシをおかんはウニ・イクラ・ホタテ丼を
 オーダー。
 店のおばさんがきさくな人でいろいろ話ながら調理してくれる。
 ホタテはその場で貝を開いている。新鮮そのもの。
 海鮮チラシにはいかソーメンも乗っている。コリコリして新鮮そのもの。旨い。
 おかんともども満足していると、サービスだよとイカ墨のアイスを出してくれた。
 これまた、生臭くなく旨い。
 食事的にはこの二日ばかりちょっと一般的であったので、これぞ北海道というものを味わえた。

 これからが忙しかった。まず雨の降らない内にと、元町の教会群へ行く。
 旧イギリス領事館からハリストス教会、元町カトリック教会、東本願寺と散策する。
 町並みは全て
保存地域である。東本願寺って日本で始めてのコンクリートのお寺だと知った。
 函館山を見上げると展望台が見えたり隠れたりしている。
 これはたぶん夜はムリかもしれないと、予定を変更し函館の街を見れる時に見ようと、函館山にのぼっ
 た。
 街全体は見れなかったが、港の部分が見えた。しかしこれもすぐに見えなくなり、これ以降、函館山は
 雲の中になってしまった。
 最後の機会だったようである。
 

旧イギリス領事館裏庭のバラ ハリストス教会 元町カトリック教会 東本願寺

 山を下り、立待岬、石川啄木の家族の墓地、外国人墓地、倉庫群そして五稜郭と巡り歩く。
 函館の町は車で散策するのが一番いいようだ。
 五稜郭は中を歩いても五陵の感覚は解らないとタワーに登ることにした。
 お一人様620円也を払って、展望エレベーターに乗る。「あ、確かに五角形」とおかんが言いながら、ス
 タスタと歩いていく。
 そしてあっという間に下りのエレベーターに乗る。この間わずか2分。
 「あんた1200円をたった2分かい」とごんじぃが言うと、「そうね、でも五角形だということは見たし・・・」
 でチョン。

 石川啄木像を見ながら、トラスピチヌ修道院は割愛して函館駅へ戻る。
 時間は4時半、レンタカーは6時までだが時間的にそろそろ限界ということで、返却することにした。
 6日間1400キロを無事に走ってくれ、我々夫婦をいろんな所に連れていってくれた車に感謝、感謝。
 ごんじぃは一世代前のデミオにのっている。新しいのもなかなか乗り心地はよかった。
 いずれにしても無事故でありがとう。

 後は帰るだけとなった。
 帰りは飛行機でなく、寝台特急北斗星で寝ながらの旅。
 列車は9時48分発なのでまだかなり時間がある。
 当所の予定ではこれから函館山へ登って夜景を見ながら夕食となるはずであったが、展望台は雲の中
 ではどうしようもない。
 とりあえず金森倉庫群へ行ってみることし、荷物を駅に預け、タクシーで倉庫群へ向かう。

 いろいろな店が並んでいて、特にガラス細工の店は北一ガラスよりアクセサリー類が多く並んでいる。
 これを見たらもう小樽へ行くことはあるまいと思った。ここで十分である。
 あちこちの店をひやかし外へ出ると6時過ぎ。おかんが看板を見て駅まで徒歩7分だというので、歩くこ
 とに。
 この日はよく歩いた。足が棒のようである。この六日間で一番歩いたと思う。でもまだ二人とも余裕があ
 りそうだ。
 このぶんなら、二度目、三度目の旧婚旅行をしても大丈夫そうだと話しあう。

 これから時間が長かった。とりあえず夕食をと駅構内の和食の店へ入る。ちょっとつまみにとイカソーメ
 ンを注文。
 しかし鮮度が悪く、今一。
 そこでごんじぃは煮カツ、おかんは散らし寿司を頼み、腹を膨らました。
 最後は場所も場所だったが、山梨の食べ物屋での食事と同程度であった。
 お昼がよすぎたと思うことにする。食べ終わってもまだ2時間半もある。
 仕方ないから本屋で漫画を買ってビールを飲みながら待合用の椅子で時間をつぶす。
 おかんも何か雑誌を買ってきて読んでいる。
 9時半にホームへ出る。直ぐに北斗星が入ってきた。ツインデラックスというのは初めての経験。
 広いとまず実感する。
 これに12時間揺られるかと思うと胸がわくわくした。
 早速ビールを飲み始める。疲れからか、青函トンネルに入る前には睡魔に勝てず沈没・・・・

 なんかごそごそという音に目が覚める。おかんがカーテンを開けている。
 時間は4時、大宮到着までまだ5時間もある。
 眠れたか聞くと、2時間ほど寝たとのこと。ごんじぃは5時間ほど寝たので、まあこのまま起きてもいい
 かと一緒に起き出す。
 まもなく仙台に着いた。
 外の景色を見ているうちにおかんはまた寝てしまった。ごんじぃも付き合う。
 6時半頃二人とも目覚め、後は北海道の話なんぞしながら大宮で北斗星の旅に別れを告げる。
 後は列車を乗り継ぎ、12時半に甲府へ到着、1時には無事帰宅とあいなった。
 しめて6泊7日の大旅行、けんかすることもなく、北海道は凄い、素晴らしいを連発しながらのきままな
 旅であった。
 風呂好きなおかんは15回以上も風呂に入りそこそこに満足したことだろう。
 ごんじぃは好きな車の運転を思う存分にした。
 可愛いマスコット6匹とともに、おみやげも一杯の大散財、いいじゃないか楽しかったんだから・・・・・・・

  
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