男厨会夏期合宿

      

 このページではごんじぃが1年に1回参加する男厨会夏期合宿のお話です。
あくまでもごんじぃの視点でのお話ですので男厨会としての正式な報告ではありません。

誇張が混じっていることをご承知おきください

目   次
男厨会 男厨会東京支部夏期合宿
H17 22年度白河の関合宿
H21 21年度白河の関合宿
H20 20年度軽井沢合宿
H19 19年度白河の関合宿

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寿司ani

男厨会東京支部夏期合宿      あっちゃん男厨会正式ロゴマーク
●男厨会とは
 正しくは「男子厨房に入ろう会」と称します。
 「男が料理をしよう」という主旨で集まった方々が作っている団体で、法人や営利団体ではありません。
 あくまでも本当に料理好きな人達が寄り集まって、料理の講習会を開いたり、飲み会をしたりしている
 だけです。
 平成19年には、発足30周年を迎えました。
 その時発刊された「30周年のあゆみ」にこんなことが書かれています。
   男子、自らが厨房に入り、あらゆる想像力と創造力を駆使し、食べる身にな
   って真心を込めて、調理しようと思いたった。

 とのこと。
 同じくこのあゆみに紹介された「男子厨房に入ろう会賛歌」の歌詞も紹介します。
    包丁片手に われ等は立てり
    女房の味より われ等の味へ
    今こそ示そう 自慢の腕で
    俺達男の けなげな意気を
                     

    エプロン姿も りりしく映えて
    女房の砦は われ等のものに
    今こそ歌おう 声高らかに
    ゴキブリ亭主の 明るい賛歌

 いかがですか、男厨会のイメージが多少は感じられると思います。

 最近では、男性が料理することは、結構多くなってきましたが、男厨会発足当時にはあまり考えられ
 なかったことではないかと思います。
 また、頻繁にグルメ番組と称するものが放映されていて、何が美味しいのか訳が判らない状態にも
 なっています。
 しかし、男厨会は正統派の料理を追及している、逆に言えば数少ない集まりではないかと考えます。

 毎月例会が開かれ、一流シェフの料理講習が行われており、会員の方々の料理の腕前は半端では
 ありません。中にはお店を開いた方もいるとか。
 飲み会だってただ飲むだけではありません。カクテル講習会、日本酒の利き酒会など常に勉強するの
 です。
 講師にはあの陳ケンイチさんも招かれているんですよ。
 はなまるマーケットなんかでも紹介されてました。
 知ってる人にとってはかなり有名な、知らない人は全く知らないという団体です。

 ホームページがありますので、詳しくはそちらをご覧ください。下のボタンを押すといけます。
 かなりの数の料理レシピが載ってます。
 でも戻ってきてくださいね。
 
            男厨会ホームページへ行けます→男厨会ホーム


     お友達へのリンク
   男厨会会員の杉山国輔さんのページです→
 リンク杉山
       
●ごんじぃの初の関わり
 ごんじぃはこの男厨会の会員ではありません。料理はしないこともありませんが、レシピ不要の野外料
 理専門 (つまりはバーベキューの類)です。
 でも、この男厨会に関わって、17年になります。それも料理とは全く縁のないところで。
 今から17年前の夏、同じ職場の10才も年上の友達からある誘いを受けました。
 「俺の知り合い達がキャンプをするんだけど、ギターでカラオケをやってほしい」という話でした。
 「エレキのこと」のページで書いたように、ごんじぃはカラオケに合わせてギターを弾くことが大好きな
 んで、二つ返事で出掛けました。これこそ男厨会東京支部の夏期合宿だったのです。

 それがなんということか、夜になるといきなり妙齢のご婦人に呼びつけられ、ある部屋に連れ込まれま
 した。
 「パンツ一つになって」といきなり言われ、いったい何が・・・「私には妻も子供も・・・・」と言っても、「い
 いのよ」と、とうとうパンツ一つにされてしまいました。
 「こっちを向いて、目をつぶって、顔を上げて」、もうまな板の上の鯉です。言われるがままに・・・・

 そうすると顔になんかクリームのようなものが塗られ初めました。
 後はされるがまま、あれよあれよという間に気が付けば、腰には藁ミノ、顔は真っ黒、そこにはインデ
 ィアンのような縞模様まで付けられて。月桂樹かなんかの冠まで被らされていました。
 そうです仮想パーティーの原住民にされていたのです。
 その格好で今度はギターの練習をすることに・・・・同じ格好をした人がマラカス、ウクレレなんぞ持っ
 て待っていました。
 ハワイの原住民達のハワイアンバンドという設定です。
 ギターを持てばこっちのものと思ったんですが、始めてみるとマジに出来るのはごんじぃだけで、後
 の方達は格好だけというものだったのです。
 ただボーカル担当はとても声がきれいなオジサンでした。

 そしてハワイアンの曲をラジカセで流しながら、ボーカル以外は演奏している振りだけ、ごんじぃはき
 ちんとメロディーを弾くことで、バンドの格好は一応保たれたという次第。
 ハワイアンバンドですから当然フラダンスが付きます。本当の主役はこちらで、世にも恐ろしき美女達
 が登場し、踊り始めました。
 男厨会ですから当然美女達は男、それも年をくった・・・・・後はご想像にお任せします。

 このパーティが終わった後は、二次会としてカラオケパーティーとなりました。
 ここはごんじぃの出番です。
 借用されたカラオケセットは、なつかしいレーザーディスクのもの。
 でも皆さんメカに弱いのか、誰もいじることが出来なくて、結局ごんじぃがディスクをセットし、選曲して
 歌に合わせて適当にエレキでバックを入れるという形になりました。
 これがが最初の関わりです。

 
●何故その後も関わったのか
 この時大変驚いたことがありました。
 当時私は40代でしたが、ほとんどが50を越えた方ばかりで、歌う歌は当然のようにナツメロでした。
 しかし、皆さんその声の良さ、声量の大きさ、ビブラート(演歌でいうコブシ)の素晴らしさは半端ではあ
 りませんでした。ナツメロよりオペラがぴったりという人達ばかりだったんです。

 こんなノドを持っているんだから、結構いろいろな所で歌っておられるはずであり、ごんじぃのヘボギタ
 ーなんかバックに入れるのは、迷惑ではないのかと真剣に思いました。
 合宿の最後のお別れの時、その時の男厨会会長さん(現在は名誉会長となっておられます)から、
 「ありがとう。みんなも喜んでいた。また来年も来てくれ」とお言葉をいただいたんですが、社交辞令
 だと思っていました。

 さて、翌年。ごんじぃにまた友達から合宿へ参加するように言われたのですが、上述のようにヘボは止
 めておいた方がいいと思い、丁重にお断りいたしました。
 しかし、数日立つとその友達が、「会長の厳命なんで引きずってでも連れていく。もうお前の参加申込
 はした」と話は勝手に進んでおりました。
 こうなりゃ開き直り。ただ、
「仮装だけは絶対ヤダッ!」という条件付きで出掛けました。

 これで、ごんじぃの
夏期合宿カラオケ担当ボランティア活動が永遠に続くことになったわけ
 です。
 今では非会員でありながら、
夏期合宿限定特別会員の自称で、毎年3日間の合宿にだけ参加
 してきているというお粗末です。 チョーーン。

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   花ani

22年度夏季合宿

今回は、いろんなスナップを順不同でおりまぜながらだらだらと簡単に?書くことにしました。
それから、今年などの表記は平成22年のことを前置きしておきます。
なお、個人情報の観点から氏名についてはアルファベットによる仮名とさせていただきました。
ただ、著名人はPRも兼ねて実名とさせていただきました。

22年度の合宿は、昨年と同じ福島県は白河関の里で開催されました。
合宿としては32回目、ごんじぃは連続17回目の参加となりました。
この17回連続は、ごんじぃが参加してからの記録ではありますが、17回を全てお付き合いしてくれた
方は残念ながらおられません。


そういうごんじぃも今回は参加が危ぶまれていたのであります。
というのは、今年になってとうとう還暦を迎えてしまい、一人での遠距離ドライブは家族から禁止という
厳しいお達しが発せられて、白河までのマイカーによる参加が出来なくなったのです。
確かに昨年の白河合宿では、車の運転でかなり疲れました。
おまけにカラオケ用のアンプやスピーカーなどの重量物の運搬などで腰も痛くなったりして、本人自身
も「白河ならマイカーによる参加は止めようかな」と思ってはいたのです。

ただ「合宿には行く」という気持ちは満々であり、どのような参加方法をとるかということでした。
当然皆さんと一緒に新宿発のバスに乗る方法しかないのですが、例年持っていっていたカラオケの道
具やコーヒーセットをどうするかが問題でした。
コーヒーセットは必要最小限かつ小振りの道具でごまかせそうですが、アンプやギターの方はうまい方
法が考えつかないのです。
まとめて宅急便でとも思いましたが、どの程度のものを送るかが問題です。
大型アンプは昔の真空管タイプですから、かなりの梱包が必要となり、それ以前に大きさで宅急便扱
いは不可となるかもしれません。
小型の静止型アンプならなんとか送れるので、音の大きさを犠牲にするしかないと思いました。
ギターも2本ではなく1本だけ送ればいいというところでしょう。
しかし、パソカラで対応するにはパソコンだのミキサーだのと周辺機器が結構多くて、これだけでも一
荷物・・・・

もう一つの問題は、朝のバス出発に間に合わせるためには、当日に出かけたのでは間に合わないと
いうことでした。
まあ、これは前日の夜に新宿まで行って、どこかのビジネスホテルにでも一泊すればいいと割り切
ってはいたのですが。
そんなこんなで実行イインチョーとメールをやりとりしながら、いろいろ悩んでいたわけです。
しかし、最終的には、実行イインチョーの英断で「カラオケは先方のヤツを借りるからいいよ。そして
バスの出発時間も30分ほど遅らせるから、当日一番の特急に乗ってきな」と夢のようなメールが届
いたのです。
こうなると、宅急便は止めて、当日持って行く荷物だけでごまかすという結論になりました。
そこで、一番大きなコロ付きのトランクを引っ張り出してきて、必要最小限のコーヒーセットと、先方
のカラオケセットでエレキを使えるようにするためのミキサーだけに絞り込めば、ギターを1本背負う
ことでなんとか行けそうだということになりました。

前日の夜にはなんとか荷物作りを終え、当日の朝にはオカンに「アホ」と笑われながら、背中にリュ
ックのようにエレキを背負い、ドでかなトランクを引きずりながらのスタートと相成りました。

さてさて、無事新宿駅に着いたものの、小田急ハルクの方向が判らない・・・・・
昔、お江戸に住んでいた頃とは、駅の南西方向が多少様変りしていて、構内を徘徊状態。
いい年寄りがエレキを背負って、フラフラしている図は、どうみても不審者・・・・・

なんとか職質を受けることもなく、この当りの出口でと長い階段を、「ヒーヒー」言いながらトランクを
持ち上げ、地上に到達。
バスは、小田急ハルク前35番乗り場からは多少離れた場所に止まっていたため気がつかず、乗り
場の方へと歩いて行くと、Aさんがわざわざ待機していてくれました。
出発は9時20分となっていたが、なんのことはないごんじぃが到着次第ということであったようで、
「ホレホレ」と荷物を積み込んでもらい、早々にバスに乗れとせかされたました。
バスの入口には男厨会で一番のメル友「小林鯨」さん(書道家・漫画家のため実名を記述します)が
待機しておられました。

わざわざごんじぃの到着を待ってくれていたのに、そんなに急に出発するとは思ってなかったので、
簡単な握手で乗り込んでしまったのです。
手荷物を置いてから、さてゆっくり出発まで鯨さんにご挨拶と思っていたら、もうバスは動きだしてし
まったのです。
鯨さんに手を振る暇もなく、席に座ると、「これ鯨さんから」とお土産を手渡されました。
ということで恐縮するも、後の祭りという一幕ではありました。
さてさて、ここからはごんじぃ初となる、最初から最後まで皆さんと同一行動となるわけで、特にバス
による参加も初めてなので、車内の模様を実況放送のように書いていけるだろうと・・・・
しかし、これが出来ないのです。
まぁ、バス移動ともなれば当然のことながら、出発早々からお酒を飲み飲みの大騒ぎとなるのが定
番で、男厨会の面々もご他聞に漏れず、首都高に乗ったか乗らんかくらいでお酒を求める声が上が
りました。
しかし、これから二泊三日の飲み物を手にいれるためには金券なるものが必要となります。
この売り上げが合宿の貴重な収入源となるわけで、金券係りの、Mさんががま口を片手に、「もう一
枚余計に買うの」と買い手の方が値切りならぬ売り上げ倍増を要求される状況です。
ごんじぃもそれに乗らざるを得ない。
そうしないと泥酔の元にありつけないのですから。

で、問題は・・・・
大騒ぎのあれこれについてのレポートとなるわけでなんですが、実に多種多様な話題が飛び交い、
特に後部座席に集まった飲兵衛集団(ごんじぃもその仲間)の大騒ぎは行きも帰りも大変なもので
ありました。
しかし、その内容はこの場で書くにはセクハラ・映倫などを通らないY談であるとか、男厨会内の社
会問題・人権問題に発展しそうな笑い話が殆どでありました。
ということで真に残念ながら、記述は不可能ということさせていただきます。
どんな話があったのかは、正気を保っていた同乗者の中には覚えておられる方もあると思います
が、個々の記憶に止めていただくことにいたします。
ま、さわりだけということで
 「僕の筆おろしは・・・・・・・・」
 「酒を飲んでの本物の大トラはとはねぇ・・・・・・・」
などの話題が延々数時間に及ぶものであったし、
オヤジギャグや、酒を求める声が常に飛び交い、
大笑いが耐えなかったことだけは報告しておきます。


今年は車で行けなかったので、荷物を減らさなければならず、その影響としてコーヒー粉のレベルを
かなり引き下げました。
500g550円という、スーパーで売っているレギュラーコーヒーです。
ただし、「安かろう」だけではなく、この粉は山梨で作られているものですが、なかなか酸味もあり、か
なりマイルドな味なので、年寄り向きだろうと選んだものです。
誰一人味に苦情はでなかったが、苦味が少ないため、物足りなさを感じた通が多かったと思います。
面倒なんで次回もこれにしようと勝手に決めこんでいるごんじぃではあります。

ごんじぃは白河合宿は3回目となりますが、初めてバーベキュー大会に参加できました。
これまではカラオケのセッティングで参加できずにいたのです。
まあ、カラオケ係りとして合宿に参加を許されている身ですから、仕方のないことですが・・・・

今年のメインは、誰かが命名したのですが「米沢オージーピーフ」という訳のわからない(オーストラ
リア産米沢牛って???)ネーミングの牛肉のステーキがメーン。
焼き方については笠原先生(この先生は男厨会の料理講師のため実名で紹介)が事細かに、説明
してくれました。
ごんじぃは昨年好評だったテキサススパイスを、多分使わないだろうけどそれでもと思って持ってい
きました。
食べる前のチョットした味付けにと思っていたのに、「オレにも貸せ」と味付けに皆さん、バッサバッ
サとおかけになる。
「これはソルトであってコショーじゃない」と言っても後の祭り。
結果は皆さん「しょっぺぇ」と騒いでおられました。
一応は説明したので、ごんじぃの責任ではありません・・・・
おかげさまでアッと言う間に一瓶がなくなってしまいました。
皆さん、レシピ料理は手際がいいのに、バーベキューみたいな、火加減もできずにただ焼きながら
食べる方法は意外に大まかなようです。
ヤキソバが始まったのですが、なんとなく手際が悪く、ごんじぃめはチョットいらついて、思わずヤキ
ソバ作りに手を出してしまいました。
その姿を覚えている人は多分いないと思うので、ここだけの話にしておきます。
基本、ごんじぃは料理をしないのがコンセプトなので・・・

さてさて、恒例のカラオケパーティーですが、今回はとても楽をさせてもらいました。
まずはこれまでのような、パソカラによる大掛りなカラオケ機材のセッティングがいらなかったことで
す。
毎年このために、バーベキューには参加出来ない状況だったわけで・・・
白河関の里で用意してくれたカラオケを使い、リモコンで曲のセッティングだけすればいいので簡単
そのものでした。
後は曲に併せ、適当に生ギターでチャチャを入れていました。
このリモコン操作も、始めはごんじぃがやっていたが、ギターを弾き弾きあっちこっちと飲み歩いてい
たので、もたつくことが多く、途中から業を煮やした司会者のFさんが、そのままセットするようになっ
てしまいました。
借りたカラオケセットはラインマイク仕様だとイインチョーから聴いていたので、エレキはアンプが必
要なく、ミキサーを使ってカラオケセットから直接音が出せました。

ただこのカラオケセットは、曲が2番までで終わってしまうという変則設定がされていたため、歌う方
も、ギターを弾くごんじぃも戸惑うことしばし・・・・
特に演歌は3番目が一番いいというのに、肝心な部分が歌えないのです。
これは本当にブーイングものでありました。
ただ、その分曲は多く出たはずで、いつもよりは多くの方々が歌えたと思います。
誰かが言ってた「今年のごんじぃは徹底的な手抜きじゃの」と。


後は、三日目も始めて皆さんと同一行動をし、途中で「白河城」へ寄ったり、鮎料理を食べられる「黒
羽やな」でお昼を食べました。
バスの中での大騒ぎは前述のとおり発禁内容となります。ごめんなさい。

最後に今年の料理コンテストの作品を紹介しておきます。
笠原先生の指導料理
 ・冷製ガスパッチョ
 ・豚あばら肉のカシスと白ワインの煮込み
 ・ホタテのエビ巻き
 ・サーモンマリネ
 ・刺身と千切り野菜サラダ
その他に会員が独自に用意した料理
 ・筑前煮
 ・ちらし寿司 
 ・出汁巻き卵
 ・フルーツ盛り合わせ 他

全てに素晴らしい出来上がり

以上、とっても簡単な報告ですがこれで終わります。
本家のホームページに正当な合宿報告は載っております。

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   花ani

21年度夏季合宿

まずは、いろんなスナップをどうぞ。
説明はいっさい省きます。順不動ですがどこの何だか、思い出してみてください。
今回はごんじぃが撮ったスナップばかりです。


21年度の合宿は、二年前に一度出かけた福島県は白河関の里で開催されました。
合宿としては31回目、ごんじぃは実に連続16回目の参加となりました。
今回の目玉は、岩谷八千代さんによる「シャンソンの夕べ」でした。
この方は、今は亡き越路吹雪さんが歌っておられた、数々のシャンソンの名曲の訳詩をされた岩谷
時子さんの姪御さんに当られる方だとか。
このライブの模様は本家本元の男厨会の合宿報告に掲載されていますので、こちらでは割愛いたし
ます。
ただ、素晴らしい歌の数々に、ごんじぃ不覚は感動のあまり泣きながらのミキサーを務めました。

その他、合宿中にごんじぃが何をしたかは、毎年同じことの繰り返しなので、このページの下の方に
ある過去の合宿報告をごらんになってください。(こうして暗に全部読ませようという、セコイ魂胆・・)

以下に、ごんじぃの目から見た合宿中の裏側を、スナップを交えながら紹介していきます。
誇張的表現や、脱線などありますが、ごんじぃの勝手な独断と偏見ですので、関係者の方はお許し
ください。悪意はいっさいありません。
なお、この報告の中で今年などと表現している場合は平成21年のことですのでよろしくお願いしま
す。
また、個人情報保護の観点から特定の方を示す場合は、アルファベットなどで表現しています。
ただ、岩谷八千代さんだけはプロ歌手ということから、アピールも兼ねてそのまま名前を使わさせ
ていただきました。

☆白河の関

白河関の里での合宿は、今回で2回目の開催となるのですが、2年前に行われた時は、出発当日
の未明に、
大型台風が神奈川に上陸するという大アクシデントに見舞われました。
(この時のごんじぃの被害状況は、下方の「19年度合宿報告」に書いてあります)
このため、参加者本隊の乗るバスは、11時新宿出発という変更を余儀なくされたのであります。
本来の行程は9時出発で、白河の関を見学しながらの昼食というものでしたが、台風の影響から
直接合宿場所へ向かうことになり、見学は見送られることとなりました。

このため今回は2年越しで、やっと白河の関を見学することになったのです。
ごんじぃは山梨からですから、白河まではノンストップでも5時間程度かかります。
前日には荷物を全て積み込んでおいて、朝5時に起床し5時半には出発したのです。
白河の関には11時前に無事到着。
かなり早く着いたので、先に一人で見学することにしました。
白河の関についての詳しい情報はネットなどで調べてください。
以下に現地でのスナップを紹介するに止めます。
 

左のスナップ白河の関を外側から
見たところです。
実際は写真を撮った場所は丘の上
の公園からであり、ここでは平らな
場所に位置しているように見えて
ます。

森のように見える中に、右のスナ
ップのような、社がありました。
ごんじぃは白河関の森公園から
社へ行ったので、丘の上を横切
る道を歩きました。
だからアップダウンは殆どありま
せんでした。
しかし、実際の入口は右のスナッ
プのようにかなり低い位置にあり、
階段を何段も登ってくる必要があ
るのでした。
社の前に土俵が見られます。
白河の関を紹介した掲示板には、
この場所が相撲の二所ノ関部屋
の発祥の地と書いてありました。
なんらかの相撲に関する行事が
この土俵を使って行われるのだと
思います。
右は男厨会御用達の小田急バスで
す。
今年は35名程度の乗車でしたから
かなりゆったりとしていたのではない
でしょうか。
バスからはいつものように、酔っ払
い達がゾロゾロと降りてまいりまし
た。
白河関の森公園の休憩所でのお昼
となりました。
当日は平日のため、観光客も少なく
この休憩所は貸切でした。
ごんじぃには専用のお握りを作って
きていただき、しっかりお腹を満たし
ました。
今回初めてお昼の場所でコーヒーを
作ってみました。


本当に一年に一回しか顔を合わせないのですが、皆さんお代わりもなく元気なご様子でありました。
お昼も休むことなくお飲みになっていて、ごんじぃとしてはタダのお昼にはありつけるものの、まだ運
転が残っているためアルコールの摂取は厳禁、毎年これだけは地獄・・・・・

   ごん  「いやいや一年ぶりのご無沙汰、相も変わらずご機嫌さまで」
   参A   「これがあるから参加するのよ、朝から呑めるんだからねぇ」
   ごん  「私目はまだしらふだというのに、このこの」
   参A   「大丈夫、後でたくさん注いでやるから。その代わりコーヒー作れ」
   ごん  「えー、ここでですか」
   参A  「つべこべ言わず直ぐ作れ」
 
 というゴリ押しに負け、ごんじぃはコーヒーを言われたとおりに作りました。
 しかし、その後は
  →合宿場所には先行してカラオケ道具の搬入
    →皆さんが食材の分配をしている横でコーヒー造り
      →バーベーキューが始まる前に「松風」に篭り、一人でカラオケ器材のセッティング
        →岩谷さんとのリハーサルと、ごんじぃのギターのチューニング
          →シャンソンの夕べの音響調整
            →カラオケパーティーの進行と生ギターのバッキング
              
 と息つく暇もないありさまで、参Aさんと言えば呑んで歌ってと、とうとう一杯も注いでもらうことは
 ありませんでした・・・・・


 ま、一人でビールは呑んではいましたが。

毎年の一番やっかいな時間、食材
の分配の一コマ。
これが大変な手間、今年もケンケ
ンガクガクの中、小一時間にわたり
幹事さん達は悪戦苦闘いたしました。
なんらかの方法を考えた方がいいの
かもしれません。
ただ、料理に全く無関係なごんじぃと
しては何も言えないのですが。


☆シャンソン シャンソーーン

今回の合宿のメーンイベント、シャンソンの夕べについて、ごんじぃの裏方報告をします。

男厨会夏期合宿には、目玉が二つあります。
その一つは当然料理コンテストですが、もう一つは夜のパーティーでの企画です。
過去にはいろいろな催しが企画され、プロ顔負けの手品や落語の披露、カンツォーネの夕べ、ピア
ノとソロ歌手によるシャンソンライブ、バイオリンのミニコンサートなどなど、全てが会員の方々ご自
身、またはそのご友人が主役となっての素晴らしい内容ばかりでした。
特に音楽関係の催しはいろいろ企画されてきました。
そんな中で、今年は前述した、岩谷八千代さんのシャンソンの夕べが催されたのです。

合宿2ヶ月前、男厨会東京支部より、ごんじぃに一本のメールが届きました。
「今
年はプロ歌手によるシャンソンの夕べを執り行う。よって音響関係一切合財を責任もって対応
すべし。なお、カラオケデータはMDにして本人から送付の予定」うんぬん。

最初は「フーーン」と軽く受け流したのですが、「ちょっと待ったぁ。オイラはMDの再生プレイヤー
を持っていないよぅ」と、青くなったのです。
あわてて、次のようなメールのやりとりが・・・

   ごん  「ごんじぃはMDプレーヤーを所持しておらず、どうしましょう」
   委員  「んなこたぁ知らん。とりあえずその旨ご本人には言っておくが」

   OK  「本部より連絡あり。今回は面倒かける。ときに俺のでっかいMDプレイヤーを持っ
        てこいってことなの」
   ごん  「いえ、そのようなことはなさらずとも、こちらでツテをたどりまして対応を」・・・・
    
    ちなみにここでOKさんとは岩谷さんのご主人様のことです。

ということで、数日後にはMDがごんじぃの手元へ郵送されてきました。
音響データを保存する媒体の発展は目覚しく、現在はipodが主流となっており、MDはその一
世代前の保存媒体です。
その前はCD、そのまた前はカセットテープ、そのその前はレコードですかね。
カセットやCDは現在も販売媒体として使われています。

この中でMDは比較的短期間の保存媒体でありました。
ごんじぃはこのMDが盛りの頃には、CDとパソコンデータだけを扱っていたので、MDプレーヤ
ーは持っていなかったのです。
そこで、娘に持ってるかどうか尋ねると、幸いにもあるということ。
さっそく借りて、MDを再生することができました。

ここからは簡単です。
ちょっと専門的になりますが、説明へ強制的に脱線いたします。


レコードや、カセットテープは音楽データをアナログデータとして保存します。
アナログは、データが連続的に変化するものです。
一方デジタルデータは、この連続データを細かく切り取って、並べたものです。
例えは悪いですが、アナログは折れ線グラフのように連続的に繋がっているもの。
デジタルは棒グラフのように途切れ途切れのものだと思ってください。
字で表現すれば、アナログは「あーーーーーーーーーーーー」
デジタルは「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ」という感じ。
ただ、この「○・○」の「・」の部分が極端に短いと、音としては「あーーーーーー」と聴こえるはず。
だからプレーヤーから出てくる音は、アナログもデジタルもどちらでも連続したものに聴こえます。

しかし、この音楽データを、パソコンで処理しようとすると、デジタルデータとして扱わなければなり
ません。
今、テレビの地デジ化が叫ばれていますが、世の中はだんだんデジタル化されようとしています。

さてさて、簡単と言ったのは、ごんじぃはイヤホーン端子があるプレーヤーなら、そこからパソコン
にデータを取り出す魔法の箱を持っているのです。
この箱とは、アナログ−デジタル変換器のことなんです。
この箱と、パソコンの音楽ソフトで、プレーヤーからのイヤホーン出力をパソコンで扱える音楽デ
ータにデジタル変換できるのです。

このデジタルデータは必要ならCDに焼き付けることも可能です。
昔、レコードプレーヤーとカセットレコーダーを接続し、好きな曲だけカセットテープへ録音して、
自分だけ用のベストアルバムを作った方は多いと思います。
今の人達は最初からデジタルデータを手に入れてますから簡単ですが、このように保存媒体なり
再生出力がアナログタイプだと、ちょっとやっかいになるということですな。

かなりな脱線をしましたが、MDが再生できたところへ戻ります。
MDプレーヤーと魔法の箱とパソコンを繋いで、カラオケデータをパソコンに吸い上げました。
これができればもうごんじぃのパソコン世界で、いろいろ細工ができるのです。

まずは、雑音の除去、曲ごとの最大音量を調整し音の大きさを統一、ベース音の大きさの調整
や、高音の部分のメリハリ付けなどを行いました。
デジタルデータは、音楽ソフトで結構思いのままに調整ができます。
その他、大きなコンサートホールで聴くような音、ホームカラオケ的な音、トンネルの中での音な
どなど、いろいろな反響の設定なんかもできるのです。
今回は広めのスナックが会場ですから、小ホール的で反響の少なめの音質にセットしてみました。

次の問題は、音を出すアンプとスピーカーです。
会場の音響設備は経費節減上使えないため、ごんじぃの持っているギターアンプか、ボーカルア
ンプということになります。
これまでは合宿に両方とも持っていってました。
しかし、ごんじぃも歳をとり、重量物の運搬はかなり骨身に堪えるようになってきて、今年は荷物を
減らそうと考えていたのです。
一方では極力良い音が出せる設備、一方では荷物減らしと、相反することとなって、思案・思案。
結論として、ボーカルアンプでいこうということに決め、このアンプを使って、実際に音を出し再度
音質の調整を行いました。

これで、たぶん音響的には耐えられると、後は現地で岩谷さんとリハーサルをすることで、OKさん
に準備完了メールを発信いたしました。
パソコンでドジった場合を考慮し、予備的にCDを作成し、CDプレーヤーも持っていくことにしまし
た。
と、こんな準備段階を経て、いよいよ当日本番に・・・

白河関の里の中にあるカラオケスナック「松風」、今回もここを二日間貸切にしてありました。
持っていったカラオケセットを搬入し、コーヒー作りもそこそこに、5時前にはセッティングに取り掛
かりました。
しかし、緊張感のないごんじぃ。
例年のごとく、コテージへ入るなり、それまで我慢していたピールを一気飲み・・・・
セッティング中も、グビリグビリとやりながらの状況。
まあ、ギターアンプを2台減らしていたので、接続は以外に簡単に進みました。
ただ、酔いのせいかやっぱりドジを・・・
パソコンの音が出力されないのです。
よくやるのですが、パソコンのイヤホン端子と外部入力端子を間違えるのです。
ほろ酔い機嫌でやってますから、この間違いに気がつかない・・・・
結局「ああじゃない・こうじゃない」と10分近くも悩んだ末、いつものドジをハッと思い出すのです。
これも思い出せなくなれば、単なる酔っ払いから、いよいよボケじぃとなってしまうのですなぁ。

そんなことで、まだマイクの調整も終わらないうちに、岩谷さんがお見えになってしまいました。
幸いにも、事前のパソコン調整の結果が良好で音質については即OK。
若干のカラオケとボーカルの音量調整だけで済み、リハーサルは終了。
ごんじぃめはほろ酔いキゲンで、大変失礼をしてしまいました。反省・・・・

準備はこれだけじゃ終わらない。
「シャンソンの夕べ」が終わればカラオケパーティーになります。
この対応として、ギターのチューニングや、司会者やごんじぃ用のマイク調整もしなければならない
のです。
結構、準備であっちこっちと動き廻るため、汗びっしょりになります。
セッティングが出来上がる頃、バーベキューのお肉や、ヤキソバが届きました。
前回の松風では殆ど食べれなかったんですが、今年はがっちりいただきました。
ビールを飲みながらでしたが、大変美味しかったです・・・・・

こんな形でセッティングが
できました。

右は今や遅しと待ち構える
観客の方々のスナップ


そうこうしているうちに、皆さんが集合されいよいよメインの「シャンソンの夕べ」が開始となりまし
た。
リハーサルとは違い、皆さんの喧騒の中なので多少ボリュームを上げて始まりました。

今年の報告に使ったスナップはごんじぃが撮影しています。
ですから、岩谷さんが歌っておられる時には音響調整に専念する必要があったため、撮影をする
ことが出来ませんでした。
男厨会の本家本元の合宿報告には、岩谷さんの熱唱のスナップが掲載されていますので、そちら
を是非ご覧ください。
こちらでは曲名だけ紹介しておきます。
      ・セ・シボン
      ・バラ色の人生
      ・町に歌が流れている
      ・爪
      ・地中海のバラ
      ・なぜ
      ・歌いつづけて
曲の間に軽いトークを入れながら、一気に7曲を歌ってくださいました。
その5曲目「地中海のバラ」になると、ごんじぃはなぜだか感極まり、思わず涙が溢れてきたの
です。
その曲が終わった後、岩谷さん自身「この曲はかなりの思いいれがある曲なんです」というお話
があり、ご本人もかなり感動しているご様子でした。
ですから唄自体にかなりの感情移入があったのは当然なことです。
ごんじぃは歌っておられる後方で、音響調整をしていて岩谷さんの背中しか見えませんが、なぜ
かその感情がビンビンと伝わってきたのでした。

これまでの合宿で、プロの歌や、演奏会など素晴らしい音楽行事がいろいろ行われたきたけど、
これほど感激したことはありませんでした。
で、歌い終わられた時、思わず「ごんじぃめ、泣いてます」と言葉をかけてしまいました。

でもこれだけではなかったのです。
7曲でひとまずピリオドが打たれると、お決まりのアンコールの声。
そして「愛の賛歌」を歌ってくれました。
本来ならここで大きな拍手の中終了となるのですが、思わず「ちょっと待ったぁ」とごんじぃは再び
声を出してしまいました。
そして「どうしてももう1曲歌って欲しい曲があります」とムリを承知でお願いしたのです。
この頃には岩谷さんには失礼ながら、ビールは既に2リットル以上消費されていたはずで、酔い
にまかせての暴言とも言える発言。

お願いしたのは、「サン・トワ・マミー」。
   ごんじぃ 「この曲はごんじぃが40年前、初めて組んだ素人バンドで、やろうとした難曲
         でした」
         「ギターのバックパートで一箇所、綺麗な響きだけど、指使いがかなり難しい
          コードが使われていて、当時はなかなかうまく押さえることが出来ず、苦しん
          だことを覚えています」
         「そんな思い入れがある曲なので、是非歌っていただければ」
と、また、感情が昂ぶり、半分涙目になりながらの懇願となりました・・・

こころよく唄っていただきましたが、聴きながらますます感動し、本当に大粒の涙をポロポロと流
していたごんじぃを、誰かお気づきになったでしょうか
こんな裏方の悲喜こもごもがあったのですが、全9曲1時間弱の歌の世界は大好評の中、無事
終了となったのです。

この後はいつものカラオケパーティー。
10時過ぎまで20曲近くのリクエストとなりました。
毎年のことながら本当にご苦労様なことです・・・・

初日のカラオケのスナップは何故かこれ一枚。
仕方ないでしょ。リクエストは次から次と来る中、パソカラで曲を選び
ゴーをかけるとギターをと、カメラを手にする暇なんぞありゃしない。

その他の歌手の方々は、男厨会のホームページの合宿報告を見て
あげてください。


☆コーヒー コーヒー

ごんじぃの合宿参加要件のもう一つは、コーヒー作りであります。
現在のようなカリタ・ドロップを始めたのは、7年前の軽井沢合宿の時からです。
始めの頃は、カリタという道具を使えば、美味しいコーヒーになるという思い込みで淹れていたよ
うです。
その内に、
  ・まず始めに粉を蒸らさなければいけない。
  ・泡まで落としてしまってはいけない。
  ・お湯をどんどんつぎ込んではいけない。
  ・お湯は「の」の字を書いて静かに注がなければいけない。
  ・お湯は沸騰後、一度温度を落ち着かせなければいけない。
などなど、一回合宿にいくたびになんかかんか学んできました。
こうして7年経って、今年、やっと「美味しいなぁ」と自分で思えるものになりました。
プロから言わせれば「まだまだ」と言われるものかもしれませんが、自分なりには納得したもの
になったようです。

ごんじぃのコーヒー飲み場は、ごんじぃが寝泊りしたコテージのベランダを使って店開き。
小さなテーブルはコーヒーを作る道具が半分を占め、お客様はいつものステンレスカップでチマチマと・・・
ポットから自分で濯ぎ、飲み終わったら自分でカップを洗うという、いつもながらのサービスゼロのコーヒー
飲み場であります。

今年は娘のパウンドケーキも、荷物減らしということで持っていかないことにしていたのですが、
皆さんからのケーキ褒めてくれたメールなどを見ていたのでしょうか、気を利かしてくれまして、
前日の夜に「持っていけ」と、焼き上げて一つ一つセロハンの袋に小分けしたケーキを渡して
くれました。
真に感謝感謝ではありました。

今年もこれは好評で、特にごんじぃ好みの酸味が強いトアルコトラジャとの組み合わせは最高で
した。
トラジャと言えば、この豆はだんだん高価になってきて、ブルマンにはまだ届かないものの、いい
お値段となっていました。
そこでセコいごんじぃは、キーコーヒーのトラジャ70%ブレンドを選択したのです。
ところが、やはりトラジャ好きのODさんが、わざわざトラジャ100%の粉を差し入れてくれました。
これには感激。
出し惜しみをして、まずは70%ブレンドを使いきってから100%を小出しにするという、またま
たセコさ150%のごんじぃではありました。

   お客様1  「ごんじぃ、今年のコーヒーはえらく酸っぱい気がするが、大丈夫か」
   ごん     「ハイ。ごんじぃ好みの酸味の強い豆を使っております」
   お客様1  「オレは苦くてコクのあるのが好きなんだけどなぁ」
   ごん     「では特別にお一人分を作りましょうか」
   お客様1  「いいけど豆はなんだ」
   ごん     「いえ粉の量を計量カップで1.5倍にすれば苦くなります」
   お客様1  「そりゃ濃くしてるだけじゃないか」
   ごん     「ですから苦くてコク・・・・」

☆特別料理の作成

合宿のもう一つのイベント、今年は料理コンテストというよりは、特別料理を作れという趣向とな
りました。
料理の献立は
   ・手打ちうどん
   ・手打ちそば
   ・おはぎ
   ・かつおのチラシ寿司  
   ・かつお刺身
   ・まぐろ・いかの刺身
これに加えて、特別参加の男厨会には長くお付き合いいただいている料理講師の 笠原先生の料
理、「大根のカクテキ」と本場韓国産の粉による「チヂミ」と盛りだくさん。

料理の出来映えは、こちらも男厨会本家の合宿報告を見てください。
全てがプロの仕上がりです。
毎年、料理には一切手出しをしないごんじぃですが、各コテージへ先行して、図々しくも出来上が
ったばかりの味見を一番先にさせていただきました。
しかし、そうしないと会場の方では、カラオケの準備などで食べられなくなる可能性が高いので
す。
当然のことながら味の方は最高です。
そしてどのコテージへ行っても、「どうよ味は」なんてヤボな質問はきません。
「美味いだろう」なんて自慢言葉もありません。
絶対の自信がどの料理人にもおありのようで、「だまって食べな」という無言の圧力が・・・・・

以下はその舞台裏を撮りまくってみました。
これぞ「男が厨房で動き回るの図」。こちらも一切説明はいたしません。
ごんじぃなんぞが訳知り顔で説明をしたら、絶対怒られますから・・・・・

最後の2枚は松風に運びこまれた特別料理を食すところです。
こんな風に、毎日ご自宅でも料理をしておられるんでしょうね。
ごんじぃには想像できません。

特別料理を食べた後は、これまたいつものとおりのビンゴゲーム。
今年はゲームの後で15分ほどの空き時間があり、ごんじぃめのベンチャーズタイムを持たせて
いただきました。
カラオケは歌うものだけではないのです。
ベンチャーズの曲で、リードギターが入ってないというカラオケもあるのです。
これを使って懐かしき「ダイヤモンドヘッド」「アパッチ」など5・6曲を弾かさせていただきました。
ヘボな演奏ですみませんでした。

その後はカラオケのラッシュとなり、最後は合宿のエンディングテーマとなった「青い山脈」の大
合唱で二日目の夜も無事終了なったのです。

もっともこの後、幹事さん達の後片付けに付き合う形で、ごんじぃは持参したカラオケ器材の撤収
行わなければなりません。
全てをばらし、まとめて、車に積み込んでから、コテージへ帰ると11時近くになっていました。


☆テキサススパイス

今年は過去三回の合宿に持っていったものの、全く陽の目を見なかった「テキサススパイス」と言
う調味料が大ブレイクしたのです。
これは塩・コショウが一体となったものなのですが、コショウだけでなくガーリックやその他、ごんじ
ぃにはなんだか説明できないいろいろなものが入っています。
ごんじぃ的には、ふりかけとしてゴハンに使用しても美味しいし、トーストにパラパラとすると、塩味
のついたガーリックトーストになり、大変気に入っているものです。

下の娘が見つけてきたもので、最初は焼肉にかけてくれました。
塩がベースですから当然しょっぱい味になるのですが、ガーリックがかなり効いていて、思わず
「うめぇー」と叫んでしまいました。

そこで一度男厨会に持っていってみようと思い立ち、安易な気持ちでスーパーを探したのですが
どこにも置いてないのです。
結局その年は合宿には間に合いませんでした。
翌年になってから娘に何処で売っているか訊いてみると、「あそこにしかないよ」と一軒のスーパ
ーを教えてくれて、やっと手にいれることができました。

ということでそれが4年前の軽井沢合宿でした。
その時は朝ごはんで紹介したのですが、

    ごんじぃ  「トーストにかけると美味しいですよ」
    誰かB   「なんだ塩じゃねぇか」
    ごんじぃ  「ええ、でもガーリックが効いてませんか」
    誰かB   「ん、夕べ飲み過ぎて、味なんぞわかるかい」
    ごんじぃ   ・・・・・・・・・・・・・・・
と、悲しくお持ち帰り。

翌年は最初の白河合宿で、やはり朝ごはんで、

    ごんじぃ  「ゴハンにふりかけ的にかけてみてください」
    誰かS   「オレが作ったおかずより旨いと言うのか」
    ごんじぃ   ・・・・・・・・・・・・・・・
またもやおもち帰り。

そして去年の軽井沢合宿も朝ごはん、

    ごんじぃ  「トーストにかけると旨いんですがねぇ」
    誰かK   「なんか味がついてるねぇ」
    ごんじぃ  「なんだと思います」
    誰かK   「それより、早くコーヒー作れよ」
    ごんじぃ   ・・・・・・・・・・・・・・・
とまたまたおもち帰りとなったのです。

今年は4回目のチャレンジとなりました。

    ごんじぃ  「野菜サラダにパラパラしてみてください」
これが当りました。
考えてみると野菜サラダにガーリックというのはあまり聴いたことがありません。
特に同室となった料理講師の笠原先生が「旨い」の一言。
これが効きました。
後は口コミなのかどうか判りませんが、各コテージにテキサススパイスのことが知れわたったよ
うです。
特に下のスナップを見てください。
笠原先生が特別料理として作られた「チヂミ」に、このテキサススパイスが調味料として使われた
のです。
まな板の脇に見えるビンがそのテキサススパイス。

右がテキサススパイスそのものです。
ネット販売で買えます。
 100g 1本 420円程度
 「テキサススパイス」で検索」して
 みてください。
 数件の販売会社があります。


となりのコテージでは、烏賊刺しで余ったゲソを天プラにしたのですが、抹茶塩の変わりにテキ
サススパイスを使ってくれました。
ということで、一気に陽の目を見たのです。
実に4年掛かりの下積みではありました。
(合宿の時には3年かかったと、ごんじぃは言っていましたが、よく思い出してみると4年でした)

三日目に全ての片付けが終わってから、ある方がテキサススパイスが残っていたら欲しいとお
っしゃったのですが、残念ながら車に積み込んだ荷物の一番奥に入れてしまったため、差し上
げることができませんでした。
また、同室となったMMさんは「この会社は家の近所だ」ということで、後日調査に出かけたと
のことです。

合宿が終わってから、ごんじぃにわざわざメールで、ネット販売していることを教えてくれた方も
おりました。
結局は、欲しい人を募って男厨会でまとめ買いをしたようです。

最後に
さてさて、今回もくだらないことを書いてきましたが、関係者の方々にはいろいろお世話になりま
した。
初日のお昼には、わざわざごんじぃのためにお握りを用意していただいたり、寝床の上げ下げま
で面倒を見ていただいたり、100%のトアルコトラジャを差し入れていただいたりと、同室の皆さ
んには最初から最後までいろいろお気使いいただきありがとうございました。

また、合宿委員長には月報で「権大納言爺爺」と言う名で紹介いただき、感謝しております。
今回で連続16回の参加となりましたが、これまで15回付き合ってきていただいたKNさんが、
今年は都合で欠席なされ、とうとうごんじぃ一人が連続記録更新権利者となってしまいました。

ただ、来年早々には、ごんじぃも60才の大台に乗ることになり、だいぶ足腰が弱まり、長時間の
運転の疲労度合も大きくなってきたため、これまでどおりのカラオケ屋が出来るかどうか、不安
な面もあります。
できる限り参加したいとは思いますが、さてどうなることやら・・・・

弱音は置いとくとして、ではここらへんで白河合宿の報告を閉じさせていただきます。


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   花ani


20年度夏季合宿

二年振りの軽井沢
 アメリーハウス
 これで5回目となる

初日は
 タリアセンにて昼食
 夕食は恒例バーベキ
 ュー
 そして一句拝見後、
 カラオケパーティー

二日目は
 テーマ料理は「おやき」
 夕食はレシピによる料理
 そして料理クイズの後
 カラオケパーティー

三日目は
 朝食後片付け
 メルシャン美術館でお昼
 そして新宿で解散
  


1年に1回、七夕の織姫と彦星のように、待ち焦がれて顔を合わせ、大騒ぎの二泊三日が終わると、
また1年間離れ離れになるごんじぃと男厨会の面々・・・・・
これから20年度合宿の報告を、懲りもせず始めます。  
 
ごんじぃのやることは、この下の方に書いてある、19年度合宿報告のようにいつも同じです。
だから、今年も昨年と同じくトピックス的なとこだけ報告します。
留意事項ですが、ここに書いたことはごんじぃの独断的冗談と創作が混じっていることをご理解くだ
さい。
また、個人名は個人情報うんぬんの観点から、ご本人だけが「ひょっとしてオレのことか?」と思う
標記としました。
また、「今年」などと書いてある部分は平成20年での記述です。
以下に掲載したスナップは、合宿常連さんのKIさんのご好意によりごんじぃがいただいた写真です。
男厨会そのもののホームページにも合宿報告があります。
一部の写真はそこに掲載されたものとダブッていますがお許しください。

今年は、二年ぶりに軽井沢のアメリーハウスへ戻っての合宿となりました。
過去に、ごんじぃの泊まった部屋、コーヒー飲み場、カラオケ係りとしての行動などは、殆ど同じです。
替わったところと言えば、カラオケ器材が、ギターアンプが2台から1台になり、ボーカルアンプが加
わってエコーがバッチリかかり、歌声が充実したことくらいです。
ということで、焦らすつもりはありませんが、始める前にお得意の脱線をば・・・

☆脱線・・パソカラの歴史
 何を言いたいかというと、ごんじぃは今回で連続15回目の参加となりますが、ごんじぃの本来の合
 宿での仕事の歴史を振り返ってみたいということ。
 かなり手前味噌な内容なので、読み飛ばして結構です・・・・

 
●まずはカラオケ器材のこと
  ・ごんじぃと同様に15回連続で参加しているものがある。
   それは、ギター用アンプのフェンダーツインリバーブである。
   元々は、ごんじぃが働いていた会社で、古くから活動していたハワイアンバンドが使っていた
   アンプであり、少なくとも30年は経過している。
   今このバンドは消滅してしまったので、ごんじぃが貰ったといっていい(正確には預かっている
   のであるが)。
   当時としてはエレキを弾く者にとって、垂涎のマト的なギターアンプであった。
   当然真空管アンプで、出力は40ワット。今でもごんじぃの所属するオジンバンドで使っている
   代物である。
   ごんじぃが合宿に初めて参加したのが、那須だったから、それから毎年、二晩だけ男厨会の
   ために、音を出してきたアンプなのである。

  ・ギターはいろいろ持っていった。
   この合宿のページからごんじぃのホームに戻り、エレキのページに行くと、ごんじぃの今持って
   いるギターを紹介してある。
   この中の2・3本を除いて、だいたいのギターが合宿に参加した。
   また、中には最初に参加した那須の合宿で、コテージのオーナーから貰ってきたエレキもある。
   「誰かが置いていったギターが倉庫に転がっているから、欲しけりゃ持ってけ」と言われ、頂戴
   したギターなのだ。
   それから、ごんじぃが会社へ入った年に買ったエレキも、当然参加している。
   このギターは40年を経過したが、昨年徹底的なリペアを施した結果、いい音を出してくれるよ
   うになった。
   残念ながら15回連続で使ったギターはない。
   と言うのは、毎回違ったギターを見せびらかしたいという、子供のような理由から・・・・
   でも、買ってから連続4回使っているのが、ヤマハのサイレントギター。
   クラッシックギターの音が出る箱無しのギターである。
   これが演歌にはぴったり合うのだ。
   このギターは今年も出かけた。

 ●ごんじぃのカラオケ仕事のこと
  ・パソカラ、つまりパソコンでやるカラオケは15年度の合宿からであった。
   ごんじぃが夏季限定特別会員として合宿に参加出来るのは、「カラオケのためには金は使わな
   い」という、実行委員会の引継事項があるからだと、勝手に思い込んでいる。
   つまり、カラオケは全てごんじぃに任せるという暗黙の了解の元、一切料理に手を出さなくても
   合宿への参加を認めるというものなのだ。
   せっかくなので、もっと脱線してカラオケ担当としての歴史を書いてみる。
   結構現在に至るまでの、ごんじぃなりの苦労???が垣間見えるはずである。

  ・最初のかかわりは那須のコテージで借りた(この頃はカラオケも有料で借りていた)レーザーディ
   スクカラオケへの対応からだった。
   料理は素晴らしいものをお作りになるのに、メカには滅法弱い人ばかりで、カラオケが目の前に
   あるのに使えないで騒いでいるのであった。
   そこで、ごんじぃがディスクのセットから、選曲、音出し、そして司会までやることになったのであ
   る。
   そして、カラオケに併せて、チョイとエレキで合の手や、バックを弾いた。
   これが受けた。一応、生オケ付きカラオケになり、この経験がない会員さん達に大いに受けたの
   である。
   そして、カラオケのセッティングはともかく、この半生オケをすることが、その後のごんじぃの仕事
   になったということなのだ。
   
  ・翌年は草津のスキー場だった。
   食堂ホールを借り切ってのカラオケ宴会だったが、レーザーディスクのプレーヤーはあるものの、
   カラオケの出力は画像も音も、食堂備え付けのテレビを使うというものだった。
   結構大型のテレビだったけど、型は古く、音声出力は10ワットもなかったと思う。
   だから、カラオケの音楽も、歌う人の歌声も、後ろの方までは届かないのであった。
   一方、ごんじぃのギターはアンプを通しているから奥まで届くので、「おい、カラオケ係りなにやっ
   てんだ。お前のヘボいギターしか聴こえてこないじゃないか」と、怒られてしまった。
   「オラのせいではねぇべよ」と言い訳もできないまま、二晩が終わった合宿だった。
   それでも二晩とも夜中の2時まで歌は続き、ごんじぃの左手は腱鞘炎と、鉄の弦を押さえ続けた
   指先の痛さで、なかなか眠れなかった記憶がある。

  ・その次は修善寺での合宿。
   この年にCDGカラオケなるものがあることを知った。
   まだ、巷ではエイトトラックの唄本を見ながら歌うスナックも残っていた。
   そんな時に、CDとしても使え、画像が再生できるプレーヤーなら、出力をテレビにつなげば、
   静止画像だけどカラオケができるというものだった。
   そして、ハンディタイプのCDG対応のプレイヤーがアイワから発売されたのである。
   最初は自分でカラオケの練習をするために買ったものだが、「合宿の二次会でも、部屋でカラ
   オケができるな」と思いついて、合宿に持っていった。
   ディスクは10枚そこそこしかなかったと思う。それもナツメロばかり・・・・・
   ところがである。宴会の直前になって一騒ぎ・・・・・幹事さんの手違いからか、カラオケは借りて
   ないということだった。
   おまけに急遽借りようとしたら、その施設にはカラオケセット自体が無かったのである。
   結局はごんじぃの生カラで、てな意見もあったが、そりゃムリでしょ。唄本さえないんだから。
   で、持っていったCDGプレーヤーが、本当に偶然にも活躍することになった。
   宴会は余興が結構いろいろ容易されていて、カラオケパーティにならなかったのも幸いした。
   だから、幹事棟での二次会でのカラオケだったので、音を大きくしなくてもよくて、曲数も少なく
   ナツメロが殆どという中で、同じ曲を何回もやったりして、結構楽しんでくれた。
   翌日には修善寺の町まで出て、レコード屋で石原裕次郎なんかが入っているCDGを数枚調達
   し、二日目の夜に備えた。
   この頃にはCDGディスクがレコード屋さんに置いてあったのである。
     
  ・次は河口湖のサニーデ。
   この時は合宿20周年文化祭ということで、KGプロ・ODプロのピアノと歌のライブがあり、皆さ
   んノリノリ。
   カラオケはごんじぃのハンディプレーヤーとCDGで行った。
   プロのピアノもあるから、最初からカラオケは調達しないというお達しで・・・・・
   この当りで、正式な??カラオケ担当として、実行委員会がごんじぃを認めたようである。

  ・そして5回目は佐久の山奥の仙境都市。
   ここは、結構広いパーティ会場が山の天辺にあり、カラオケも装備されていた。
   この時もKGプロ・ODプロのピアノと歌の小ライブあり。
   
CDGのカラオケはコテージに戻ってからの、幹事棟での二次会で使う。
   ただ、幹事棟にだけ、何故かテレビが置いてなくて、隣のコテージから汗をかきながら、テレ
   ビを一人で移動させた。当然終われば戻しにいき、また翌日には運んでと・・・・
   この頃には、まだ現在のような大掛りなカラオケセットではなかったので、誰のお手伝いもな
   く、全て一人で運搬なりセットなりをこなさなければならなかったのである。
   6回目は小淵沢の泉郷。
   この時もKGプロ・ODプロのピアノと歌の小ライブあり
   カラオケはごんじぃのCDGによる。
   昨年の反省から、小型のテレビを持参しコテージに備え付けのテレビを使わないことにした。
   7回目は安曇野だった。
   この時はステージ付き・カラオケ付きのパーティ会場があり、それを使えたため、随分と楽を
   する。

  ・8回目は河口湖のサニーデに戻った。
   CDGの再生が出来るラジカセが、カシオから発売されているのを知り、通販で買う。
   これとギターアンプの二つでステレオ的効果を作ろうとしたが、上手くいかなかった。
   ギターアンプは40ワット、ラジカセは10ワットでは仕方がない。
   そして、ディスクを毎年買い貯めているため、この時点で80枚近くになってきていた。
   簡単な選曲集を作ったので、選曲は簡単に出来るのだが、リクエストされた曲を探すのに手
   間取ってしまい、最後は幹事さんが見かねて、ディスク探しのお手伝いをしてくれることにな
   ってしまった。
   巷ではオートチェンジャー・カラオケセットのスナックもあったというのに。

  ・9回目に初めての軽井沢アメリーハウスでの合宿となる。
   
イベントホールが貸切で使えるが、カラオケの道具は一切ないと連絡がくる。
   そのため、ある程度の音響設備が必要になり、マイクからアンプから全てを用意することとな
   って、ギターアンプ2台で、ステレオ音響を作ることとした。
   この年から、現在の大掛りなカラオケ器材に変貌したのである。
   ただ、配線が複雑になり、ビールを呷りながら、酔っ払っての作業のため、なかなか音がでな
   くてあせった。
   まあ、なんとか出来上がり、ホール全体に音がいきわたった時は感動したものである。
   ただし、ディスクの選択とセットを、昨年同様幹事さんに手伝ってもらうハメになり、折角のパー
   ティに、余計なお仕事をさせてしまって反省することしきり。
   また、ごんじぃ用にカラオケをモニターするアンプも持っていったが、今一聞こえなかった。
   そして、カシオのCDGブレーヤーがいつまでもつのかも不安材料となった。
   
   さて、ここまで書いてこなかったことが一つある。
   それは、ギターでカラオケと併せるのに、最初の数小節を聴かないと、その曲のキーがつかめ
   ないということ。
   全部の曲のキーなんぞとても覚えきれるものではない。せいぜい自分が本当に好きな30曲く
   らいが限度である。
   ということは、前奏が流れている間に、ギターのボリュームを下げ、小さな音でキーを探すので
   ある。
   キーがずれると、歌に全く合わない生オケになってしまう。
   ひどい時はワンコーラスが終わって、やっと探しあてるなんてこともあった。
   これではごんじぃの生ギターの意味がなくなるのである。
   曲が増えるにつれ、これも大きな問題となりつつあった。

  ・こんないろいろな問題を解決すべく、CDGディスクのデータをパソコンで使えるデータに変換し、
   100枚近いディスクのデータ1400曲くらいを、パソコンで再生できるようにしたのである。
   そしてその曲のキーも一目で判るようにファイルデータも作った。
   これをパソカラと称し、ごんじぃとしては10回目の節目となった15年度の軽井沢合宿で初めて
   使ってみたのだ。
   このデータ化には三ヶ月を要した。しかし、結果は大成功。

   特にパソコンを使ってというところに興味を持たれた方も多かった。
   (もしもCDGで、パソコンでカラオケ、ということに関心のある方がおられたら、トップに戻ってパ
   ソカラのページに詳しく書いてありますので、そちらをどうぞ)
   特にこれまで、歌う方が「一つキーを下げてくれない」というご要望には全く答えられずにいたが
   パソカラにより、これも解決したのである。
   このパソカラを実際に導入された会員もおられた。

   11回目以降は、このパソカラセットが活躍した。
   そして15回目となった19年からボーカルアンプを導入し、現在のカラオケセットが確立された
   のだ。
   いやはや、長い脱線ですみませんでした。


さてさて、つまらない脱線を止めて、本題に入りましょう。
以降のスナップは、全てKIさんからいただいたものです。
報告自体トピック的なものなので、スナップも順不動となってます。


軽井沢アメリーハウスはこれで5回目、2年ぶりに来たら、コテージ前の数種のムクゲが大きくなって、
見事に咲いていた。
今年は、二日目の夜に雨が降ったが、ちょうどカラオケパーティーということで、特に問題なし。
山梨では、8月末は結構夜が涼しくなっていたので、長袖も用意して行ったが、結構蒸し暑かった。
 


☆本題 20年度合宿

 
では、20年度の合宿報告です。
 先にも書いたけど、ごんじぃの行動も、男厨会の実行もほとんど中身は同じなので、ごんじぃが見聞
 きし、体験した中で面白かったことを脚色しながら羅列することにします。

 
●まずは初日のお昼
   今年の昼食は、軽井沢のタリアセンであった。
   ここは、塩沢湖(人造湖だと思う)を中心に、ちょっとした博物館やレストハウスのある施設で、
   湖水廻りの散策やボートなど、家族連れやアベックには楽しめる場所である。
   ごんじぃは10時過ぎには到着したので、タリアセンに隣接する、おもちゃ博物館、絵本博物館を
   見て廻った。
   それでも、まだ時間が余ったので、駐車場脇にあったタリアセンコーヒーの店に行き、コーヒーを
   飲みながら待つことにした。
   タリアセンコーヒーと銘打った豆や粉を販売していて、飲んでみて美味しかったら、ごんじぃのコ
   ーヒー飲み場でも使ってみようかと思いつつ、ホットを注文した。
   「・・・・・・」と言うのが正直な感想である。
   それほどごんじぃの舌が肥えているとは思わないけど「これなら、勝った」と思った。
   
   バスが11時半過ぎには到着する。
   いつもの面々がぞろぞろと降りてくる。
   バスに酔ったという顔の方は誰もいない、それ以上にみんな酒に酔っぱらっていた。
   今年は例年になく、全員の新宿集合が早かったそうで、まずは幸先のよい出発になったとの話
   だった。
   そりゃ去年は台風9号を追っかけたんだもんなぁ。
   
   入園料を払って早速お昼となった。
   去年は台風の影響で、お昼にはありつけなかったごんじぃだった。  
   だから、今年は事前に実行委員長に直訴し、KOさんのお握りを予約しておいたのである。
   いつもより二時間早く起きて握ったくれたそうで、大きくて硬くて、「これぞお握り!」って感じ。
   去年の分も含め一気に2個を平らげた。
   しかし、これが失敗・・・・大きくて硬いんだから、他のおかずまで考えたら1個で十分だった。
   例年のごとくアチコチのテーブルに挨拶にいくが、「食べな」と差し出されるおかずに、お腹が一
   杯で手が出ないのである。 
   でも相変わらず美味しさは格別のお握りだった。
   
   昼食が終わり、1時出発の予定が、アメリーハウスから「用意がまだ」の連絡で1時半に延長さ
   れた。結構時間が余る。
   暇なんで、湖水を一周したり、雑談をしたりして時間をつぶす。

   コーヒー大好きの酔っ払いが一人、作ることができないのを承知でコーヒーをねだる。
     ご飯を食べて直ぐ  「食後のコーヒーを飲みたい」
     違うテーブルへ行って話していると  「酒はいいからコーヒー飲みたい」と追っかけてくる。
     そして一緒に話こんでると  「しゃべり疲れたからコーヒー飲みたい」
     ついにはオヤジギャグか 「ここはタリアセン。オレにはコーヒーがタリヤァセン・・・・」   
   と片手にビールを持ちながらダダをこねまくってくれた。
   ごんじぃはまだ運転をしなければならないんで、コーヒーでなく、その持っているビールを飲み
   たいけど、飲めない。
   あんまりうるさいんで、
     「オレは酒がタリヤァセンのじゃあーーー」・・・・

タリアセンの象徴である塩沢湖
この湖に住みついているカモは、
なにしろ人懐こい。
手の上のエサを平気で食べにく
る。
ま、ごんじぃも人の作ったお握り
を平気で食べにいったけど・・・
夏休み後の金曜日だろうか、小さい
子供を連れた家族連れが多かった。
そんな中、この連中は食べて、飲ん
で騒いで・・・・・
子供達の教育上はチョット・・・
周りから見たら、どこかの老人クラ
ブが、自前の弁当持参でハイキング
にでも来たんだべと思われたかも。
その弁当を食べれば、ただ者ではな
いことが判ったろうけど・・・


 ●コーヒーの味が変わった話
   一足先にアメリーハウスへ。
   とその前に、通りのコンビニまでいってキリンラガーを調達するごんじぃではある。
   まずは山の荷物を降ろす。
   今年は折りたたみ式キャリーを持っていったので、荷物の運搬が楽にできた。
   それが終わると、まずラガーの封を切る。
   グビリグビリと500ml缶1本がたちまち空に・・・・ 
   そうこうしていると皆さんが到着。
   ごんじぃの部屋はこれまで同様、コンファレンスルームの左隣。
   この場所はコーヒー屋さんの特権なのだ。
   
   コーヒー道具をセットし、早速お湯を沸かし始める。
   振り返れば、カリタを使って本格的にコーヒー淹れ始めたのは、6年前のこのアメリーハウス
   からだった。
   その時には、山梨にドリップポットを売っている店が見つからなかった。
   何かないかと探していたら、植木や花に水をやる水差しが、うまい具合に先が尖がっていた。
   そこでステンレス製の水差しを調達し、それをドリップポットにしたのである。
   お湯を沸かすと取っ手が熱くなって持てない。 
   そこで、アルミの針金を二重に巻きつけて、これを持っていってコーヒーを淹れた。
   なぜ鍋掴みを考えつかなかったか、不思議である。   
   一応、淹れ方の勉強はしたものの、蒸らすことも、お湯の注ぎ方も適当で味も酷かったようだ。
   この頃はタバコ命のごんじぃだったので、コーヒーの味なんざ判るはずがない。
   その翌年にはステンレス製だけど、本当のドリップポットにした。
   そして次には、東京のかっぱ橋まで行って、今使っている銅製のポットを手にいれたのである。
   
   そんなことを思い出しつつ、ラガーを飲みながら、お湯が沸くのを待つ。  
   このラガーが直ぐ利いて、酔っ払った。
   そしてこの酔いが、素晴らしい結果に結びついたのである。
   今までは、お湯が直ぐ使えるので、ドリップポットでお湯を沸かしていた。
   そして沸騰してから、ゆっくり冷ますことをしないで蒸らしをしていた。
   しかし、この時は酔っ払っていて、お湯を普通のポットで沸かしたので、蒸らすために一旦冷た
   いままのドリップポットに、お湯を入れ替える手間が増えたのである。
   今までなら、ここでドリップポットをもう一度火にかけ、沸騰させていたが、酔った加減で「ま、い
   いや」と火にかけなかったのだ。
   まぁ、ごんじぃお得意の、酔っ払い的手抜きである。
   この結果、蒸らしのためのお湯の温度がいつもより低くなった。
   その後の蒸らす時間や、お湯の注ぎ方はいつもと同じだったのに、結果はコーヒーの味がこれま
   でより一段上に上がることになった。
   なんともはや、ケガの巧妙とはこのことである。
   あまり舌には自信がないごんじぃが、「このコーヒー美味しい」と感じたのだから・・・・
   
   本来が適当に動くほうで、料理でいえばレシピ通りにやらない性格なのだ。
   男厨会の料理教室に出ていたら、一番敬遠されるタイプだと思う。
   だから、蒸らすお湯の温度は90度程度と知ってはいたけど、適当に冷ます程度だった。
   今回、この適当なやり方の精度が上がったということになる。
   「冷たいドリップポットに、沸騰したお湯を入れ替えれば、ちょうどいい温度」ってね。

   このドリップポットでお湯を沸かす方法は、昔、お江戸に住んでいたとき、あるスーパーのコーヒ
   ー屋さんが、やっていたのをそのまま真似た次第。
   それが正解だと、ずっと思っていたんだからねぇ・・・・・・
   本当にそのコーヒー屋さんは、ドリップポットのお湯をいつも沸騰させて使っていたのだ。
   でも、酔っ払ったおかげで、目から鱗となり、より美味しいコーヒーに出来たことをラガーに感謝
   したい。
     
   2時頃には最初のコーヒーができ、それからバーベーキューの準備が始まる5時頃まで、殆ど立
   ちっぱなしで淹れ続けた。
   マンデリンから初めて、次はトラジャブレンド、そしてモカ、じらせておいてブルマンブレンドと、
   コーヒーポットに二つづつ律義に作り続ける。
   各豆の特徴がはっきり出ていて、ごんじぃなりに大満足のコーヒーとなった。
     「ごんじぃさっき飲んだコーヒーと味が違うよ」
     「でしょ、どう違います」
     「かなり酸味が引き立っていて、さっきのよりいいかも」
     「それが、トラジャの特徴です。んじゃこれはどうですか」
     「コーヒーらしいけど、パンチはない感じ」
     「それがブルマンです。全てがマッチしているからそう感じるのです」
     「言うようになったねぇ」
     「はぁ実は、ついさっきからなんですが・・・・」

いつもの場所でいつものようにコーヒーを淹れる。
やってる本人がコーヒーを作りたくて、飲み手がいなくても勝手に淹れ続ける。
しかし、よくしたもので、ひっきりなしの来客。冷めてしまっていても飲んでいただいた。
時には下のスナップのように、コーヒーカップを持ってきた方に、出来上がるまで待っていただくことも。


 ●「・・風」と「・・的」の話   
   今年もUCCの豆を買っていったのだが、ガソリン高騰の影響か、お値段がアップしていた。
   中でもトラジャとブルマンは倍近い値上がり・・・・
   ということで、止むを得ずこの2種類はブレンドとすることに。
   70%ブレンド(30%は違う豆)を買い付け、始めは失礼にも「まあ、判りゃしめぇ」
と思って
   いたが、出かける前の晩にふと考えた。
   「敵は男厨会だから、ブレンドと直ぐバレるんじゃないか」と・・・・
   そこで、急遽メニューを作り、ブレンドであることを明記することにした。
   ただ、単純にブルマンブレンドじゃ、「なんだそうかい」で終わりそうで悔しい。
   だから「ブルマン的」・「トラジャ的」と引っ掛けたメニューにしたのだ。

   当然、それを見た人が
     「この「的」ってなあに」
     「なんだと思います」
     「似た味の豆ってことかい」
     「いえ、ブレンドということです」
     「似た味にゃあ変わりない」
     「じゃあこの二杯、どっちがモカで、どっちがブルマン的か判りますか」
     「そんなことは判らん」・・・・・・・・ 

   またある人は
     「・・・的ってのは・・・風じゃねぇよな」
     「ブレンドということですから、どちらでもいいかと」
     「そういうもんじゃないのよ」
     「どう違うんですか」
     「・・・風ってのは、全く違う素材で作られていることが多いの」
     「この・・・的は70%は本物という意味なんですが」
     「んなこたぁどうでもいいの。この前なんか京都風っていうから注文したら、盛り付け方法
      が京都風というだけで、中身は全く違うものだったんだ。どうしてくれる」
     「ここで文句を言われても」
     「誰かに言わないと、腹がたって、腹がたって・・・・」
   ということで、・・・的は一応お許しをもらったが、さて・・・風と・・・的の違いってナニ???? 
     
   娘が悪戦苦闘しながら焼いてくれた、パウンドケーキとクッキーも、初日に半分以上がなくなる
   大盛況であった。
     「このケーキ、去年より一段と美味しくなったね」
     「ありがとうございます。娘にそう伝えます」
     「ときにこの中のドライフルーツは何?」
     「ええと、レッドチェリーかな」
     「色が違うでしょ。そうかブルーベリーだ」
     「そうそう」
     「こっちのは紅茶と柑橘系の味がするけど」
     「ああっとそれは紅茶の葉ですが、隠し味にトマトピューレ」
     「それも違うでしょ。レモンピューレじゃないの。よくそれで合宿に来られるねぇ」
     「はぁ、単なるカラオケ係りなもんで」
     「アンタ、結構・・・風だなぁ」
     「本人は・・・的なつもりなんですが・・・・・・・」
   そんなこんなで、・・・風と・・・的が話題に。
   その間に、ラガーの方は2リットルがとこ、ごんじぃの胃の中へ・・・・・

 ●いつもの不毛な平行線
   今回は久しぶりに合宿に、かの有名なる論客SUさんが参加された。
   ごんじぃはその論戦のお相手をしたことはない。
   しかし以前の合宿で同室になり、カラオケ会場から戻ってくるとその論戦に遭遇したことがある。
   「アレはこうなんだ」−−−「イヤ、ソレはああなんだ」の平行線の話し合いが始まっていた。
   話には聞いていたが、実に不毛なる平行線である。
   喧嘩腰の論戦ではない。笑い声も混じりながらの大声での話し合いである。
   その時は多分2時過ぎまでおやりになったんではと思うが、覚えていない。
   睡魔には勝てず、その論戦の真横で、平気で爆睡したごんじぃだった。

   だから、SUさんの顔を見たとたんに、その時のことを思い出した。
   そして、今年も論戦が行われるのではと思ったのは、ごんじぃだけではなかったはずである。
   その予兆はお昼の時からあった。
   たまたまSUさんと同じテーブルでお握りをいただいたのであるが、軽くジャブ的に政治談議が
   始まったのである。
   「それはこう」。「いやああだ」とお決まりの論戦が始まりかけた・・・・・
   政治面は疎いごんじぃなので、早々に違うテーブルにご挨拶にと逃げ出す。
   夜は確実に一波乱ありそうな感じを持った。
   
   アメリーハウスではSUさんとは別室だったが、コーヒーを飲みにこられたんで、図々しくも釘を
   刺すことにした。
      「今夜は久しぶりに合宿での不毛論議はあるんでしょうか」
      「いや、やんないよ。今日は早く寝るんだ」
      「ホントに」
      「信じろって」
      「ごんじぃだから、横で論戦されていても爆睡できますが、慣れない人にはかなり迷惑な
       もんですよ」
      「ワーーッテルワイ。それよかそもそもだなあ、コーヒーちぅもんは」
      「ちょっと待ってです。これからカラオケのセッティングがありますんで」
      「逃げるかおぬし。オレの話が聞けんのかぁ」
      「ハイ、はっきし言って、逃げます・・・・」
   てなことで一応、今夜はやらないという言質はいただいたのだが・・・・・
   
   さて、翌日。
   いつも、合宿に参加されれば朝早くコーヒーを飲みにくる、そのSUさんがこない。
   そのうちに、「いやあ今朝の3時頃まで、うるさくて寝られなかった」という同室になった方が来た。
   ということで、今回も無事、不毛な平行線論議は執り行われ、同室の方には甚大な被害を。
   そして周りの方々には格好の話題の種を与えた結果になった。
   (ごんじぃが勝手に、不毛な平行線と言ってますが、本来の話題はいつも真剣なものであることを
   お断りしておきます)

   ごんじぃの部屋の朝食が始まる直前に、やっとSUさんがコーヒーを飲みにきた。
      「やったんですって」
      「・・・・・」
      「言ったじゃないですか、早く寝るって」
      「う゛ん、い゛っだ」
   それは一晩中騒ぎすぎて声変わりしたSUさんである。そして一言
      「11時以降は、聞゛い゛て゛い゛た゛た゛け゛」
      「それでは、そんな声になりません」
      「う゛う゛う゛・・・・・」
   この論戦相手のYOさんが、朝食後にごんじぃ達の部屋へ来た。
   こちらも酷い声である。
      「なんだ相手をしていたのはYOさんだったんだ」
      「そ゛う゛」
      「3時までだって」
      「い゛や゛4時す゛ぎて゛た゛」
   この他に主役がもう一人いたのである。IIさんだった。
   この3人が一同に会したら、不毛談義はこりゃ止まりませんは。
   IIさんはとうとう午前中は外に出てこなかった。   
   そして寝たり起きたり状態だったもう一人の同室の方が言う。
      「始めはSUさんが70%くらいリードしていたんよ。でもそのうちにIIさんが盛り返してたね」
   だそうです。
   多分、今回も結論には至らなかったんではないかと・・・・・

この風景は毎回変わらない。
食材の分配、バーベキュー、
カラオケそしてくつろぎ。

では、ごんじぃはこの時何を
しているかというと、
 ・食材の分配の時は、ひた
  すらコーヒーを作り続ける
 ・バーベキューの時は、一
  人カラオケ器材のセッテ
  ィングに没頭
 ・カラオケの時はパソカラ
  の操作と生ギターのバッ
  キングに専念
 ・くつろぎの時は、部屋にこ
  もって、酔い覚めの爆睡
と皆さんとは全く別行動なの
です。
そして、料理と片付けにも一
切手を出さない。
ホント、同室になった方々に
は、いつもガマンしていただ
いて恐縮です。 

   
 ●おやき
   今回の料理企画は、「おやき」。
   長野県ではよく見られる郷土料理というか田舎饅頭というか。
   料理指導は、ごんじぃのコテージのチーフであるKUさん。
   昨年のサバイバルご飯もご指導なされた。
   お昼ごはんは全コテージとも、おやきとするということで、気の早いコテージでは、
      「オーイ始めるぞーー」
      「さっき朝飯が終わったばかりじゃないのよ」
      「いや、指導員が来ているから帰ってこーーい」
      「コーヒーをゆっくり飲みたいのだ」
   ごんじぃが一言
      「その指導員さんが、ほらそこにいますよ」
      「えっ、帰る!」
   お昼を前にしてKUさん談。
      「指導に5回も巡った」
      「お疲れさんでした」
      「飽きた。おやきじゃないお昼がいい」
   ということで、ごんじぃのコテージでは、栗ご飯もお昼に供された。

   コーヒー飲み場は入れ替わり立ち代わりの盛況で、ごんじぃは汗だくだく。
   まだ、おやきに取り掛かりたくない人達がかなり危険な会話を始める。
      「軽井沢にも、すっかり慣れたなぁ」
      「幹事さん達にとっては、もっとも運営しやすい場所ですから」
      「まあ、食材配るのも、注意事項の伝達も大声で通じるからなぁ」
      「若い人が少なくなって、皆さん体力的にねぇ・・・」
      「そろそろ合宿のやり方も考えねばのぅ」
      「なんか建設的ご意見は」
      「三食昼寝付きってのはどうだい」
      「料理コンテストはやらないんですか」
      「それじゃあ三食付きじゃないじゃないのよ」
      「フム、んじゃあカラオケなんかは」
      「そういうものが全て揃っている場所でやりゃあいいのよ。体だけ行けばいい所」
      「ということは、カラオケ係りは」
      「いらねぇなぁ」
      「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
   ヘタをすればごんじぃはクビになりそうな、危険極まりない会話に発展・・・・・・・

   そんな会話も三々五々、おやきの準備に取りかかられるため、一人二人とコテージへ戻られ、
   静かになった。
   やっとごんじぃも手が空き、自分のコテージのおやき作りを眺めることができるようになる。
   料理への手出しは一切できないごんじぃであるから、冗談も言わずただ見ているだけ。
   そうすると丁寧に具を包んでいるMOさんが言う。
      「ごんじぃ、暇なんだから他の部屋の出来具合を偵察にいってきな」
      「はいはい、しかしごんじぃは何も判りませんが」
      「どの辺まですすんでいるかぐらい判るでしょうが、私が行けば構えられてしまうから、
       ごんじぃなら丁度いいわけ」
   ということで、偵察に出発。
   
      「おい、ごんじぃ。おやきの底がうまくくっつかん。どうすりゃいい」
      「そっと置いときゃなじむっしょ」
   と、何も知らないごんじぃに料理方法を尋ねる人。適当に答えてしまうごんじぃ。   

      「おーーっごんじぃ、これで一杯やるとうめぇぞ」
      「いただきまーす」
   って、おやきは作らず、その具を肴に飲んでる人。一緒に飲むごんじぃ。

      「いいか、これだからな」
      「なんか、目印しとかんと」
      「んじゃ、ここんところにちょっとへこみを作っとく」
      「今見たことはバラすなよ」
   と、唐辛子たっぷりの具を一つだけ仕込みながら、ごんじぃを睨みつける人、ただうなずく
   ごんじぃ。

   などなど、帰って報告しようにも、ちょっとはばかられるようなチームもあって、結局は
      「どうよ、様子は」
      「はあ、みんな遅いようで、ここが一番早いです」
      「当たり前だろ、指導者の部屋が一番遅けりゃ、カッコつかねぇじゃねぇか」
   ってまたまた怒られて・・・・・・・      

おやきは各コテージのお昼ごはん
になり、夜のカラオケパーティーに
おつまみのような形で、各コテージ
別に供されました。
見た目には大きさ・厚さの違いしか
判りません。
ただ、あの唐辛子だらけの1個がど
こにあって、誰が食べたのかが気に
なります。
カラオケパーティーもいつもと同じ
風景。
話込む人、歌に没頭する人、ダン
ス専門の人、カラオケ本を読む人
でも共通項は飲むこと・・・・

      
 ●文化祭的行事と料理的行事
   今回は合宿30周年ということで、本来なら5年毎の文化祭的行事の年であった。
   そこで、企画されたのが、バスの中で、何をか一句作って発表しようというもの。
   ただただ飲んで騒いでいるだけじゃあつまらないということだったかもしれない。
   幸いごんじぃには「一句作れ」というお達しは無かったので、ひねることはしなかった。
   発表は初日のカラオケパーティーの前に挙行
された。
   生憎、作られた力作を控えてこなかったんで、ここで発表することができない。
   結構たくさん、名句・迷句がメークされたことだけ報告しておく。
   
   委員長が作られた全ての句を読み上げてくれた。
   ただ、講評や選考は一切無かったものだから、その場限りのものとなった。
   翌日、ごんじぃの部屋のチーフが
      「夕べ、オレの句は詠んでくれなかったよなぁ」
      「いいえ、ちゃんと発表されましたですよ」
      「あの句はね、○○の言葉と掛けた、結構な自信作なんだがなぁ」
      「ああ、そういえばそんな雰囲気の句があったようです」
      「聞こえなかったぞ」
      「カラオケルームにいましたよね、発表の時はどうされてました」
      「歌う曲を選ぼうと、歌本を一生懸命読んでいた」
   自分の句ぐらい聴いててよ・・・・・・
   違う人が
      「オレもいいの詠んだよ」
      「なんて句ですか」
      「覚えてねぇ」
      「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
   てな具合で今一乗れきれなかった企画であった。

   翌日は、委員長が全身全霊を籠めて作った、料理クイズ60問への挑戦が行われた。
   勝ち残りで最後の一人が優勝というもの。
   さすがに60問と聞いたときには、今日のカラオケは誰も歌えないかもしれないと思った。
   だって、男厨会の猛者に、料理に関するクイズを出そうという企画。
   問題もかなりハイレベルだろうし、結構正解者が多くて、少なくとも30問くらいまでは全員正解と
   なる可能性もある。時間はかなり食うだろうと思うのは当然。
   まず、練習問題が3問ばかり。
   すみません、これも記録してなかったのでどんな問題だったか書けない・・・・
   さて、本番。
   快調に3問目までは全員正解で進む。
   4問目「タコを煮るのはサッとか、ジックリか」
   この問題はちょっと判り辛かったようで、多少、喧々諤々となった。
   結果、正解はたった1名、他は全滅・・・・・・
   その違いが何かはごんじぃには判らないが、こんな問題で、この結果となったことは事実。
   あまりにも呆気なく終わってしまった。
   60問を構えていた委員長自信が呆然自失。
      「じゃ終わる・・・・」
      「ちょっと優勝者の紹介は」
      「あの人・・・」
      「え、それだけ。優勝したんだから賞品ビール1本くらいは」
   って、ごんじぃが掛け声をかけたら、本当に缶ビール1本の表彰式が行われた・・・・・・

ひねりました。
字あまりもあれば、意味深長なもの、即興とは思えない句が
続々と披露されました。
惜しむらくは、何か講評が欲しかったのですが・・・・
料理クイズの最初は順調な滑り出し。
問題60問は紙にびっしりと書いてありました。
それが、4問で終わってしまうとは。
多分、問題作りには一週間以上、場合によっては数晩徹夜の
時間を費やしたでしょうに・・・・・
このスナップはトリオで申し込まれた「青春時代」の皆さんで
す。
しかし、何故か1名多い。
一応ごんじぃは確認いたしました。
「トリオですよね」と。
でも「うん」という答え。
ま、マイクの数はトリオなんで・・・・
見事なアングルで撮られた、お決まり青い山脈の大合唱です。
今年はごんじぃが強引にマイクを使って歌を引っ張りました。
その結果判明したこと。
4番とも歌い出しの部分2小節が遅れるということ。
後は放っておいても、歌い上げます。
ただ、そちらに気をとられていて、前奏・間奏のギターは
ボロボロでした・・・・・

 とまあ、こんなところでしょうか。
 いつものことながら、冗談的内容に終始していますが、お許しください。
 会話の内容は半分はホントの話です。
 この、ごんじぃなりの勝手気ままな合宿報告を書くのも、またごんじぃの楽しみの一つです。
 「男厨会合宿を食い物にしおって」と、怒られるかもしれませんが、そこは一応コーヒーの味の向上に
 頑張ってきたことで、お許し願いたいと思います。 

今年のごんじぃのギターは
グレッグベネットという、イ
ンドネシアの会社で作られ
たものです。
ボディが波目が浮き出る木
で作られています。
イタズラで左手の爪を、赤
をベースに、金色のチップ
をトップにマニキュアで仕上
げました。
指の動きでキラキラと・・・

 毎年のことですが、三日目は皆さんとお昼まで付き合わず、帰ることにしています。
 家へ着いてからの荷物下ろしと、小間物の元位置への片付けに結構時間をとり、一汗かくことになる
 ので失礼しているという次第・・・・
 片付け終わって一風呂浴びると、よる年波には勝てず、結構疲れていて、爆睡してしまいます。
 今年は軽井沢でしたので、皆さんとお別れして、1時前には家に着きました。
 前日のおやきをお土産にもらったので、それをお昼にいただきました。
 チンして食べたのですが、改めて男厨会の料理の腕を噛みしめました。

 この合宿報告の最初にもスナップを貼り付けてありますが、皆さんが立ち寄られたメルシャン美術館
 の様子もいただいております。
 なんの説明もできませんが、スナップだけ載せて、今年の報告を終わります。 

メルシャン美術館の作品のスナッ
プです。
どれも写真として、芸術的なもの
ばかりです。
いつも素晴らしい写真の提供を心
より感謝いたします。


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