●科学技術の真髄を地域の現場に活かす●
(山梨科学アカデミー会報 第32号 2011.7)
山梨科学アカデミーが設立される以前、山梨県としては初めての科学技術政策を立案するため、大村 智先生を会長とする山梨県科学技術会議が平成3年に設置された。その後山梨県科学技術政策大綱なるものがまとめられ、この一つの具現策として山梨科学アカデミーが設立された。偶然ではあるが、この会議の設立時の県庁内のワーキンググループに参画し、山梨の科学技術振興をどのように進めるのかを議論した。その座談会の記録が県庁内の情報誌に掲載された(ひろばNo.148)。科学技術に関して、大きなスペースが割かれたのは初めてのことであり、この時期に10カ所の県立試験研究機関の初めての合同研究会が開催された。特別講演には大村智先生が招待されたが、研究開発を進めるために4つの指針が示された。1.「陰になる共同研究者(仲間)を大切にすること、2.異なった領域と連帯を強化すること、3.使命感を持つこと、4.発想のオリジナリティを大切にすることと記録されている。また、ノーベル賞受賞者の江崎玲於奈先生は、ノーベル賞への5カ条として、1.過去のしがらみにとらわれない、2.先生の教えを受けても権威の呪縛にとらわれない、3.いろいろな情報に惑わされず、必要な情報のみを選択する、4.想像力を発揮して主張を貫くたまには戦うことを避けてはいけない、5.あくなき好奇心を失ってはいけないとしている。これは江崎の黄金律として紹介されている。
こうした科学者としての真髄は全て納得できるが、「言うが易く行うは難し」ではないだろうか。特に調和型、年功序列型の国民性の日本ではなかなか困難であり、科学技術に関するノーベル賞受賞者の方々の人生を紐解くと、自由で個性を尊重する海外へ研究生活を求めて行った方も多い。
私が長く勤務した地域の公設研究機関は、研究機関であるものの、行政の出先機関としての位置づけがされているため、研究事業より法律の科学的な裏付け業務や依頼試験、地域の行政ニーズに伴う短期的な商品開発や技術研究、その支援業務が中心となっている。したがって大学や国の研究機関に比較して基礎的な研究の遂行には厳しい環境であり、科学的エビデンスの確立が不十分なまま研究を進めることが多い。国内の同種の研究機関の現状を見ても同様である。研究公務員生活を振り返っても厳しかったことは身をもって体験した。世界をリードする研究やオリジナリティのある研究遂行の夢は持っていても、強固な使命感を持たなければ行政システムの環境に馴染んでいってしまう。しかし、地域ニーズに合致したテーマを発見できれば、国際的評価が得られ、地域に貢献する成果を得た事例も少なくはなく、夢を実現できるチャンスもないわけではない。地域研究機関では常に現場との接点が多く、実用的研究に関するシーズは無尽蔵にあるので、研究の進め方によっては素晴らしい研究成果を得ることも可能である。このような環境で研究成果を上げるにはグループ研究を進めていくことが重要である。同一テーマを複数の研究者で取り組む進め方であり、産学官共同研究といった担当を分ける研究とは異なった目的を共時する民間型の研究スタイルである。突然舞い込む緊急業務や社会ニーズに伴うサービス業務への対応にも中断することなく推進することができる。こうした工夫が地域研究機関の研究成果を挙げる一つの方法であろうと実践してきた。
研究者には県境、国境はないが、地域研究機関に課せられ、それに属する研究者として真の意味での役割は何だろうかと長い間模索している。民主党政権が実施した事業仕分けの中で「何故2番ではいけないんですか」という科学技術関連事業に対する蓮膀議員の質問に大いに物議を醸し、科学者は一斉に反発した。しかし、私は比較的冷静に受け止めた。確かに世界をリードする研究は必要である。しかし、税金を投入する多くの研究の中に大局的に見てほんとに無駄はないのか、研究者自身の夢のみに陥ってないかという問いかけに正面から反論できるか疑問を感じた。産業関連について言えば、日本の多くの中小企業は、激しい競争の中で研究開発に人材や経費を割く余裕などはない。こうした中で、研究者自身が中小企業現場に入って技術開発や研究開発を支援していくことも日本の物づくり現場を支えるために重要ではないかと思った。
このような背景から、私の研究公務員生活後の使命はこれを実践することであると思った。実際現場に入って感ずるのは、研究者は理屈や理論ばかり言って役に立っていないという生々しい意見であった。課題の解決は時間という壁を乗り越えることが最も重要で、必ずしも100%の解決は必要ない。道筋でも良い。スピードである。現場の多くは経験に頼るので、科学的理論を駆使して現場と一体化して課題と解決し、科学技術の真髄を理解してもらう。こうした積み重ねによって中小企業の研究開発力を育てることができるのでゃないかと思う。
世界をリードする研究開発も、若い研究者を育てる人材育成も重要だが、今を生きる産業の支援・育成もそれに匹敵するくらい重要ではないであろうか。
山梨科学アカデミーの活動の中で、多くの超一流研究者の講演を拝聴した。専門分野も異なり、その内容が直ちに役立つわけではない。しかし、研究課題の設定思考や研究の進め方、解決手法等中小企業の現場指導に役立つ事も多い。聞く側の心構えでその効果は天と地ほどの差が生ずると思う。
研究者は常に世界一を目指して研鑽することは必要であるが、それぞれが置かれた立場や環境における高い使命感を持ち、最も世の中に活かせる科学技術を駆使してこそ、社会が一体となった科学技術創造立国を築き上げることができるのではないかと考えている。