テクノ・サイエンスローカル代表 小宮山美弘の執筆原稿

●脱酸素剤誕生に学んだこと●

 あれは、そう1974年(昭和49年)だったと記憶している。 全国的にも有名になった新興温泉地である山梨県石和町のはずれの一角に、温泉街には似つかわしくない私が 勤務する山梨県食品工業指導所(後に工業技術センターに統合組織変更)にケプロンと称するハイドロサルファイト剤を基材とした酸素吸収剤が持ち込まれた。 何故持ち込まれたかというと、どうも山梨県がブドウの産地で、酸素を除去し、呼吸量低下による貯蔵に利用しようということであったらしい。 果実生理の基礎知識の少ない方々の発想とはいえ、これが意外な方向に発展した。

 まず片手間ではあるが、ケプロンの基礎データを大きな三角フラスコと酸素濃度計を用いて調査することにした。 反応基材から当然とはいえ、その反応の早さと急激な発熱には驚いた。 微妙なガスコントロールが必要な果実の貯蔵には無理であることを伝え、それよりもカビの汚染に悩む菓子類に使ったらどうかと提案し、 早速、山梨県内の老舗葛j梗屋の生菓子類に使っていただくことにしました。 2週間経過したころ、「小宮山先生、お菓子にみんなカビが生えてしまって返品の山です。話が違うじゃないですか」と会社からクレーム。 私もびっくりして会社に飛ぶように出かけていきました。

 現場ではパートのおばさん達が、ケプロンが大量に入っていた包装袋を開封し、自分たちの都合に合わせ、 反応の終了したものを目的の生菓子に封入し、シールしていました。 発明は「できるだけシンプルであること」、「誰がどのように使っても間違いなく目的を達成できること」が大切であるという 恩師のことばを思いだした。


 当時全国の公的研究機関でお菓子、少し科学的にいえ澱粉の糊化・老化などの研究を進めていた数少ない研究者の一人であった私ではあったが、 業界での最も大きな課題は生菓子類の日持ち延長技術であることは認識していた。 カビの発生防止は製品廃棄率の大幅低下、製品流通圏の拡大や計画生産が可能になるなど、 計り知れない経済効果が予測されていたが、生菓子は日持ちしないものという常識にどっぷり浸かっていた時代でもあった。

 「遅効性」、これが最も重要なキーワードであることがひらめいた。 三菱瓦斯科学鰍フ方々に渡した食品に使えるための条件メモには、単価は10円以下、できれば5円以下や 反応生成物の安全性なども加えたことを覚えている。 それから2〜3年後には鉄系脱酸素剤「エージレス」が開発、上市された。 実験では開封後5時間放置しても酸素吸収量は変わらないことを確認したとき、これは凄い商品になるなということを直感した。 これらの一連の応用研究や解説は、指導所研究報告、包装技術等への寄稿や各種書籍の脱酸素剤部分の分担執筆によってまとめるとともに 講演や日本包装管理士会の優秀包装文献賞の受賞など多少は評価をいただいたようである。

 この脱酸素剤は急速に広がり、油菓子の酸化防止や酸素を除去することによる品質保持技術にはあらゆるところで使用され、 瞬く間に成熟技術に至った。 酸素を除去することが保持技術のポイントであることが理屈で分かっていてもなかなか実用商品として世に出にくいものであり、 この技術が食品会社でないところから生まれたことにも興味がある。 古今の例を見ても新しい分野が専門的分野でないところから生まれるのは珍しくないことでもある。 私は何と安くノウハウ(知的財産権)を売ってしまったのだろうと思うことがしばしばあるが、 新たな産業の創出に関与できたことに後悔したことはない。

 研究は予算や規模ではない、事の本質をしっかり見据えること、常に常識に挑戦する意志を持つこと、 異分野の連帯が重要であることをこれからの開発のプロセスが示唆している。


 大学、国・地方の研究機関は、昨今、産学官連帯研究や競争的資金による実用化研究、 民間視点に立った具体的成果を出せる研究の推進に日夜迫られている。 こうした研究はとかくお金の用途から導入されてくるので、研究開発プロセスでは入り口論で終わることが多く、 成果を出しにくい。 研究者や社会の主体的な意思と、しっかりとした理論的背景に裏打ちされた次世代を見据えた研究がなおざりにされている傾向にあることは、 時代の流れと言っても寂しい。

 現在、地域工業技術センターの技術者の責任者として、数値目標を掲げた行動計画を策定し、 目先のことを言わざるを得ない立場にあるが、夢を抱き、主体的に強い意志を持った研究者の出現を 常に密かに待ち望んでいる。