●国産ワインコンクール 日本をリードし推進● 2007.7.28 (朝日新聞)
曇空模様のロンドン・ヒースロー空港に、不安のなか一人降り立ったのは03年3月3日のことだ。 第一回国産ワインコンクールの外国人審査員を招く交渉の旅である。
イラク戦争開始直前で、英国はテロ対象国という緊迫した情勢だった。 仏・ボルドー大学にも立ち寄り、無事に了解を得て、帰国したのを鮮明に記憶している。
この企画は、国産ワインの歴史を考え、日本全体の国産ワインの振興を山梨のリーダーシップで推進し、 結果として山梨のワイン産業の振興も図る、という未来志向の志から始まった。
しかし、多くの困難に遭遇した。国に北海道、長野県などの産地の方々、大手ワインメーカーが所属する 日本ワイナリー協会の理解は当初得られなかったのだ。
「山梨がなぜやるの?」
「山梨県のために利用されるのはご免」
「国産原料のみに限定するのは現状とかけ離れている」といった厳しい意見があった。
「審査は公平公正に行われるのか」
「審査員の選任方法は」など、具体的な指摘も山積した。
このため、各地域や東京に何度となく出向き、趣旨を説いて回った。 最も難関であった日本ワイナリー協会の専務理事が、「山梨県の情熱はわかりました。 真に日本のことを考えていることを感じました。」とおっしゃってくれて、 眠れぬ夜が遠のいた。 これを機に、他の関係団体の理解を得ることができた。 また山梨大学や山梨県ワイン酒造組合の全面的な協力は、前例のないこの企画の開催に大きな力となった。
コンクールは今年で第五回を数え、審査会は、27日に終了した。 出品点数は過去最高の575点に上る。 第一回が予想を超える418点であったとはいえ、毎年着実に増えていることは、 山梨で始めた全国的イベントが定着してきた一つの証しではないだろうか。
国産原料のみを用いた国産ワイン作りの、競争原理を導入した初めてのコンクール。 消費者ニーズをとらえられたしたら、推進役の一人であったものとして、この上ない喜びである。
今年五月、横内正明・県知事と日野原重明・新老人の会会長とのフォーラム「ワイン王国山梨を語る」を
コーディネートした際、日野原先生の著書を読んだ。
「小さな円を描いて満足するより、大きな円の、その一部である弧になれ」という英国詩人のブラウニングの
引用には、納得した。
山梨県の誇るべきワイン産業は山梨だけのものではない。 世界の食文化産業である。 世界とは無謀な夢と思うが、このコンクールはアジアをリードする攻めのイベントにはなるであろう。 昨年。ワイン醸造技術の研究指導でベトナムに出向いた時、そう感じずにはいられなかった。