●煮貝 名産品もっと宣伝を● 2007.5.26(朝日新聞)
10年前の6月、JR京都駅南口のビジネスホテルで、見覚えのある方と出会った。東京水産大学(現東京海洋大学)の元学長、故天野慶之先生である。 「小宮山さん早いですね。ご用事でもあるの」と問われ、 「甲府に午後ありますので」と答えると、 「私も豊橋によるところがあるので」。
偶然にも静岡に停車するのは同じ新幹線で、相席する機会が得られた。 「先生は山梨の特産煮貝はご存知ですよね」とたずねると 「知らないけど、何か貝の加工品なの」と答えられた。 「先生、水産学の大家が煮貝を知らないのでは、それはもぐりですよ」と うっかり発言してしまった。
それから3か月後、「11月にあなたが運営する学会に行くので、煮貝を勉強したい。案内してくれませんか」と電話があった。 県内の煮貝工場をつぶさに視察し、帰京された。 翌年の春、知人の大学教授から電話があり、 「小宮山先生は、天野先生にそんな大変なことを言われたのですか」と聞かれた。 「食品と容器」という雑誌に2ページにわたり、「煮貝の見学」と題するエッセーが執筆されていたのである。 この中で私の実名をあげ、「水産製造学を専攻したものであるから、一応その道の専門家として自認していたのであるが、これがいかに浅はかなものであるかを思い知らされた」と記してある。 ただそのエッセーの最後に、「なぜ私が知らなかったのであろう」と思いを巡らし、 「風土性の高い産物であるからであろうか、それとも閉鎖的なお国柄なのだろうか、宣伝がうまくないのであろうか」と締めくくっている。
その数年後、江戸東京博物館で開催された日本伝統食品研究会で煮貝に関する講演の機会に恵まれた。 山形弁研究家ダニエル・カールさんは、「お国自慢をしないのは文化を勉強してねーから?」と言う。 また日本で不思議なことについて、「初めての町で名物は何ですか?」と聞くと、笑って「何もない町ですから」とも答えるそうだ、と言う。
先日、テレビ番組で山梨のある町を取材したとき、全く同じ光景を見た。 今、宮崎県は知事のキャラクターで特産品が売れているそうである。 関係者は大変満足しているようだが、果たしてそれが持続的な地域復興になるのであろうか。県民一人ひとりが、それぞれの立場で地域文化や風土を学ぶのみでなく、どこへ行っても自分の町の名物を誇り、語れることが真の地域活性化につながるのではないだろうか。官公庁や企業、マスコミに頼るのではなく。