当ホテルから釜無川工業団地までは車で25分程です。

釜無工業団地

 山梨県のテクノポリス計画の牽引車として、町の東部の国母工業団地とともに、町の西北部築地新居地内の釜無川(富士川)左岸の旧玉幡飛行場跡地一帯の開拓地に、機械金属関連企業の一大集積地として登場したのが「釜無工業団地」である。

 昭和50年までに66ヘクタールの土地を買収、造成費を含めて約66億円を投じて開発した。しかし、当初は石油ショック後の経済低成長期のため入居企業が少なく、広々とした草原となっていたが、昭和59年1月までに5社1協同組合が入居し、全面操業に入った。

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