発掘後半
4日目 17日の午前は砂が湿っていて発掘に適さないとのことで 発掘はお休み。
砂山に登ったり東の緑が多そうな所へ 向かって探検に出かけた。途中
ウシに出会ったのでウシを囲んで写真を撮っていたら もち主らしい
牧民に出会った。伝統的な服デールを着てウマにまたがり もう一頭の
ウマの手綱を持っていた。
 話し掛けられたが 言葉がわからず 彼はそのまま走り去ってしまった。

17日の午後はシレの台地の最上部に登った。昨年までは台地の上がキャンプ場
だったとのこと。発掘地が近くて良かっただろうと想像する。台地の上はまったいら
で火山岩の礫がたくさんあって全体が黒みを帯びて見える。台地の崖が茶色と白っぽい
砂でできていて その上にぱらぱらと火山性の礫があるのとは色が違って見える。
Sさんが崖からプロトの下顎の先端とそれに続く頭の左側を掘り出した所へ
サトフ先生 が呼ばれた。良さそうな化石であるとのこと。


Sさんの見つけた化石に硬化剤をかけるサトフ先生

   サトフ先生 いわく全体を掘り出すのに3週間かかりそうだと。
記念写真を撮ってから埋め戻した。
 Sさんにどうやって 見つけたのか 尋ねたら 骨の破片が転がっている
所に目をつけて その上の方を探すのがコツだという。
 それなら 高い方から見下ろすように探すのも良いかも知れない。
 私も何か見つけたいと Sさんの現場の左側をうろうろしていたら
白くさらされた肋骨が集まってカゴのように丸くなっているものがあった。
そこへMさんが骨の破片をたどってやってきた。この肋骨の集まりのそばには脚の
骨も露出していた。こんなに露出しているのは価値がないのだろうと たかを
くくって Mさんが脚の骨の周囲を掘っていたらサトフ先生 が鑑定にやってきた。

  良い物だと言って握手して頂いた。通訳のB嬢も私になかなか成果がないので
心配してくれていたそうで「良かったですね。」と声をかけ握手してくれた。
サトフ先生 が脚は前足であると鑑定した。Mさんがこの前足の先に手根骨を掘り出したが
指の骨は見つからなかった。サトフ先生 が掘ると指の骨も出てきた。サトフ先生 に
よると肋骨のように見えたのは腹肋骨でこの化石の個体は腹を上にして
埋まっているとのこと。これも埋め戻した。この日は6時14分に発掘切り上げとなった。

5日目 発掘最終日 今日の発掘ポイントは昨日と同じ。
午前中は大物なし。サトフ先生が掘り出したプロトケラトプスの頭を見せてもらった。
誰かが掘って途中でやめたプロトケラトプスの頭を見せてもらった。
 Iさんが掘り出したプロトケラトプスを見せてもらった。既に埋め戻されていた
のを もう一度開けてもらった。顎の歯の生えている所が露出していた。下顎はばらばらの
破片になっていた。首の椎体の部分がせんべいを並べたように3個少しずつずれて置かれてあった。
MWさんが掘り出したプロトケラトプスの背骨と骨盤とそれに繋がっている左大腿骨を
見せてもらった。これも埋め戻された。Sさんは肋骨の集まりを見つけたとか。
午後はさらに成果なし。


ツグリキン シレの発掘地を目指し今日も歩く

サトフ先生が胴体の途中が欠けた背骨とそれに連なる尾椎を
見せてくれた。そこには頭はなかった。

後日談だがツアーの間 親切にして頂いた サトフ先生は2000年6月に病気で
亡くなられたそうだ。先生は別れ際に「来年も是非 モンゴルに来て下さい」と
言われたが その後の夏のツアーのリピーターと再会することもなく 他界されたとは。

2000年〜2003年夏のツアー